おれの名はルパン。かの怪盗アルセーヌ・ルパンの孫にして、稀代の大泥棒だ。信頼すべき相棒、次元と五ヱ門とともに世界を股にかけ、数々の財宝を荒らしまわってきた。あっちに立っているのがその次元。銃の名手で狙った獲物は外さない。もう一人、あそこに立っているのが五ヱ門。日本の義賊、石川五右衛門の子孫で剣の使い手。だが、今日は不慣れな拳銃を持っている。なぜだ。
ほんとうに、なぜだ。おれは、どうしてなのかよくまとまらない思考を必死で操って、どうやら状況を飲み込んだ。状況説明1。ここはどことも知れない野っぱらだ。三人が十メートルほどの間隔を空けて、正三角形をなすように立っている。周囲にはちょっとした草木も生い茂っているが、三人の間にはとりあえず障害物はない。状況説明2。おれはかなり酔っている。酒のせいか、それとも他の何かの薬か毒のせいなのか、足元はふらふら、握り締めたワルサーの銃把の感触もおぼつかないありさまだ。状況説明3。これは決闘だ。どういう理由かはまったくわからないものの、長くチームを組んできた、おれと、次元と、五ヱ門は、互いの血を血で洗う決闘を演じようとしている。
「お前ェからだぞ、ルパン」
と言ったのは、次元だ。そう言いながら、拳銃の先で帽子のつばをもてあそんでいる。
「左様、拙者はその後でござる。早く撃て、ルパン」
と五ヱ門が続ける。使い慣れた剣を鞘ごと背後の地面に突き立てて、今はただ拳銃を提げているが、日頃の精神修養の賜物か、いささかも臆したところはない。
決闘のルールは、そういうことのようだ。まずおれが一発撃つ。次に五ヱ門が一発。最後に次元が一発撃って、次に(もしまだ生きていれば)おれ。五ヱ門、次元。一人が残るまでこれが続く。
そうすると、いよいよルパン大一座もこれにて最期、というわけだ。おれが生き残るにせよ、他の二人のどちらかが生き残るにせよ、たった一人では、これまで暴れまわったようにはゆくまい。もっとも、その「活躍」は大部分おれの天才的な頭脳(とルパンは臆面もなく思う)によるものだが。いつだって、盗みに必要なのは緻密で冷静で、時に大胆な思考、それだけだからな。
自画自賛している場合じゃなかった。ここでひとつ問題がある。おれは、どうすべきだろう。具体的には、この決闘を生き抜くために、どっちを撃つべきだろう。
おれは今、なんとか思考がまとまってきたところだが、鍛えた体とはいえ、やはり薬物の影響は大きい。今撃てば拳銃の命中率は半々もないはずだ。たぶん、三分の一というところか。次元は、おれと違って見たところ素面だ。いつものやつなら、まず、的を外すということはあるまい。五ヱ門は、銃を使っているところなど見たことがないが、なにしろこの距離だし、三つに二つは当ててくるのではないか。要するにいまの俺は、素人にも劣る腕前しかないということだ。
次元を撃つべきだろうか。そうするべきだという気がする。仮に五ヱ門を撃って、うまく命中したとする。そうすると次は(死んだ五ヱ門を飛ばして)次元の番だ。やつの弾は、ひとたまりもなく俺の頭蓋を貫くだろう。残すなら五ヱ門のほうが、まだマシだ。QED。と、いや、待て。何か怪しい。ちゃんと考えてみるべきだ。
(1)五ヱ門を狙う→命中→次元がルパンを撃ってゲーム終了。生存確率〇パーセント。
(2)次元を狙う→命中→五ヱ門がルパンを狙う。以下、どっちかが倒れるまで撃ち合う。
※ルパンの最初の一発が外れた場合は、どこを狙ったのかは関係ないので、どっちでも同じ。
確かに(2)のほうが望ましい結末だ。命中率三分の二の射手Aと三分の一の射手Bが、Aが先手という条件で撃ち合って、Bが生き残る確率は(とルパンは無限級数の和を計算する)ええと、七分の一だ。なさけない確率だが、ゼロに比べるとずいぶん多い。
いや、待て。
(3)ルパンの弾が外れる→五ヱ門の番。
を忘れていた。つまり1でも2でもいいが、おれが外した場合だ。三人とも残った状況で、五ヱ門の番の場合、五ヱ門はどっちを撃つだろう。いや、どっちを撃つかなんてわかりっこないが、そこは長年の相棒だ。おそらくあいつらが、ちょっと考えて馬鹿な選択だけはするまい、と言い切ることができる。
(3−1)ルパンを撃つ→命中する→次元に五ヱ門が撃ち殺されてゲーム終了。五ヱ門の生存確率〇パーセント。
(3−2)次元を撃つ→命中する→ルパンの先手で、二人が撃ち合う。
(3−3)五ヱ門の弾も外れる→次元の番。
なるほど、当然、五ヱ門は次元を撃つ。おれを撃てば(そして命中すれば)次の瞬間、確実に次元に殺されるからだ。五ヱ門は弾を外さないように気をつけなければいけない。外した場合、次は次元だが、やつは弾を決して外さないので、
(3−3−1)ルパンを撃って命中する。次に五ヱ門が外せば(確率三分の一)、次元が五ヱ門を撃ってゲーム終了。
(3−3−2)五ヱ門を撃って命中する。次にルパンが外せば(確率三分の二)、次元がルパンを撃ってゲーム終了。
このどっちかになる。当然選ぶのは3−3−2。五ヱ門を撃ったほうが次元が生き延びる確率は二倍にもなる。
整理しよう。おれが最初の弾を外した場合に、他の二人が最善を選択するとこうなる。五ヱ門は次元を撃つ。次元は(生きていれば)五ヱ門を撃つ。そうしてループは一周して、おれは五ヱ門(確率三分の二)か次元(確率三分の一)のどちらか、生きているほうにもう一発おみまいするチャンスを得る。おれが五ヱ門と撃ち合って生き残る確率は、さっきと違って先手はおれだから、ええと(無限級数)七分の三。次元と撃ち合った場合は、最初の弾を当てないと次に死ぬことになるから、簡単に三分の一。以上を合計すると、ええと、二五/六三になる。
ちょっと待った。二五/六三だって。
おぼつかない可能性だが、最初の一発を次元にうまく命中させた場合でさえ、おれが生き残れる確率は一/七だった。ところが、外した場合は同じ確率がおよそ四〇パーセントにまで跳ね上がるのだ。ということは、つまり、わざわざ狙うことなんかない。間違って当たってしまったら(どっちに当たろうと)、確実におれは損をするのだ。
おれは、以上の思考を瞬時に組み立てると、くるりと二人に背を向け、茂みに向けて一発ぶっ放した。よいよいになった腕でなんとか銃の反動を押さえ込み、二人のほうを振り返る。二人はすっかりあっけにとられた風情で、目を丸くしてこっちを見ている。そりゃそうだ。この深遠な数学的思考には、さすがに二人はついてこられまい。口をぽかんと開けたまま、おれの背後を指差している次元をいぶかしく思いながら、さあ次は、と五ヱ門に射撃を促そうとして、おれはそこで、ようやく背後に異様な気配を感じて、もう一度振り返った。
「ルパン…お前ェって奴は…」
「そうでござったか…」
相棒たちが驚嘆の言葉を口にする。そこには、いまひとり、見事なザコ顔をした第四の男、おれに薬を盛り、決闘を仕向けた男が、握り締めた拳銃の引き金を引くこともなく、漁夫の利を得るべく茂みに潜んだその格好のまま、心臓を一発で撃ち抜かれて、死んでいた。
「……や、うふーっふっふっふっふ。やーあ、お前ェらにはわっかんないだろうがよ。ざっとこんなもんよ」
おれは堰を切ったようにそうしゃべりはじめた。そうとも。いつだって、最後に物を言うのは頭の回転の速さなんだ。