あるいはむしろにぎやかな宇宙

 あらためて書くとなんだかアホウな感じがするが、太陽系と原子の世界には、ある共通のイメージがある。「両者の類似性をきちんと指摘する」というめんどうな仕事を避け、ぱっと見たところで考えるなら「中央に大きい重いものがあってまわりを小さいものが回っている」という構造は似ていると言えるだろう。「中央の大きい重いもの」は太陽であり原子核で、「まわりを回っている小さいもの」が惑星であり電子である。

 これは誰にでも思いつく類のことらしく、強力な顕微鏡で原子を拡大してゆくと電子の上に人類が住んでいて、その小さい人類がやっぱり顕微鏡を覗いていて、その顕微鏡に映る原子は…という「そっくりハウス」のような話が、SFのショートショートを一般から募集すると必ずある数出てくるのだそうである。ただ、だいたいにおいてSFのショートショートがそうだが、「原子」というフィールドが、物理学者ではない、一般のヒトビトにはもはや「流行の最先端」とはみなされていない感があり、その点で最近はもうあまり見かけることはない、のかもしれない。

 両者の類似に話を戻す。これら二つの「系」は、全体の寸法に比べ「中心の重いもの」が小さくまとまっていて、その他の広い領域にぽつぽつと「まわりを回っている小さいもの」がある、という特徴がある(太陽なり原子核は、太陽系と原子の質量のざっと99.9パーセントを占める)。詳しく見ると寸法も質量比もそれほど類似しているわけではないし、電子は惑星のように原子核の周りを巡っているわけではないが、要するに、中心以外ほとんどなにもない領域に、惑星なり電子がばらまかれているのである。

 この「ひたすらにスカスカな空間に、ぽつんぽつんと質量がある」というイメージは、だから宇宙と原子を考えるときに、だいたい同じように真実に近い。宇宙を落っこちるとき、何かにぶつかったら幸運と思わなければならない。そして原子に放射線を照射するとき、かなりの部分はまったく何にもぶつからずに突き抜けてくるのである。世界はスカスカと高密度の組み合わせでできていると言ってしまってもいいかもしれない。

 原子の先、原子核やその下のスケールまで行くとどう考えてよいやらわからなくなるのだが、大きいほうに目を移して、太陽系の上の恒星間宇宙を考えると、この「すかすかぽつん」がもっとひどくなる、という印象がある。この点で、原子と太陽系はだいぶ違っていて、結晶している原子同士が最外殻の電子を共有するくらい近づくのに比べて、恒星系は、互いに、それ自体かなりの「すかすかぽつん」系をなしている。

 これを数字で裏付けるためには、「太陽」対「太陽系の大きさ」の比と、「太陽系」対「恒星間距離」の比を比べてみればよいだろう。比較のために、まず「地球」対「地球−月系」から計算してみると、

<地球−月系のすかすかぽつん度>
地球の赤道半径:月の軌道長半径=6 380km:384 000km≒1:60

「太陽系の大きさ」として何をとるかは難しいが、今回の目的(すかすかぽつん度を数字にする)に見合う、実質的なところでは「木星の軌道長半径」とするのがいいかもしれない。

<太陽系のすかすかぽつん度>
太陽の赤道半径:木星の軌道長半径=696 000km:778 000 000km≒1:1000
<恒星間宇宙のすかすかぽつん度>
木星の軌道長半径:もっとも近い他の恒星までの距離=778 000 000km:4.4光年≒1:50 000

おおよそ太陽系は地球近傍の20倍、恒星間宇宙は太陽系内の50倍すかすかしている、というわけだ。細かく見るといろいろ異論もあると思うが、ざっとはそういう感じである。ちなみに、

<原子(分子)のすかすかぽつん度>
炭素12の原子核半径:炭素−炭素の共有結合の原子間距離=3.2fm:1.54Å=1:50 000

で、分子は太陽系よりもむしろ恒星間宇宙に似ていると、言えるのではないだろうか。

 原子さておき、月よりも惑星間、惑星間よりも恒星間宇宙が「すかすかぽつん度」が高いというのは、考えてみれば当然のことである。月が肉眼でも円盤に見えるのに対して、木星などの惑星は望遠鏡を使わなければ丸くは見えない。これは「すかすかぽつん度」が地球−月系よりも太陽系全体においてより大きいことを示している。そして、太陽以外の恒星は、普通の望遠鏡では点にしか見えないのである。個人レベルで、買ってきた望遠鏡で夜空を見て、見る価値があるものは、月、惑星と、あとは星団や星雲の類しかない。

 と、以上のようなことを考えていて、ここでハタと気がついた。太陽以外の、他の恒星は点にしか見えないのに、他の銀河が望遠鏡で、その構造まで見えるということは、恒星間宇宙に比べて、銀河同士の空間は、むしろ「すかすかぽつん度」が低い(混みあっている)のではないだろうか。

 あわてて調べてみると、なるほどそのとおりであった。太陽や月の視直径(地球から見たときの大きさ)が最大30分(1度の半分)くらいであるのに対して、お隣の(もっとも銀河系に近いわけではないが)アンドロメダ銀河の視直径はさしわたし180分もある。暗いのでなんとも思っていないが、アンドロメダは前に太陽が横に6つも並ぶ大きさがあるのである。ちょっとやってみてほしいが、これはいっぱいに伸ばした手の指先の、人差し指から薬指までの幅と言ってもよい。

 これはデカい。確かにデカい。銀河内の他の天体に比べ桁外れに遠いはずなのに、見た目のサイズがどんな太陽系内の天体よりも大きいというのは、どえらく恐ろしいことではないか。アンドロメダ銀河までの距離は230万光年とされるので、

<銀河系同士のすかすかぽつん度>
銀河系円盤部の有効直径/2:アンドロメダまでの距離=5万光年:230万光年≒1:50

ということになる。地球−月系よりもむしろ、すかすかぽつん度が低いのだ。そう言われてみると、恒星同士はほとんど衝突しないが、銀河同士は確かにあちこちで衝突しあっている。太陽系から視点を広げてゆくに従い、いったん密度が低くなって、そのあとまた高くなるというのはへんてこな感じがするが、事実としてそういうことらしい。

 私は恥ずかしい。これだけSFを読み、天文学上の知識や新発見を含むあれこれを学んだつもりでいて、長いこと、こんな明らかなことに、ぜんぜん気がついていなかった。もしも、銀河系中に植民するような文明があったとしたら(あるいは我々が将来銀河帝国を建設することになったら)、アンドロメダのような隣の銀河にも、距離からして、当然ある程度探査ないし植民の手が伸びると考えなければ不自然かもしれない。そんなことを考えていると、恒星間のすかぽつ度を棚に上げて、案外、銀河間移民もなんとかなりそうな気がしてくるから不思議である。


※「すかすかぽつん度」が長さの比なのに対して、空間は三次元なので、実際の密度比はすかぽつ度の三乗になることに注意。すかぽつ度が十倍になると、千倍すかすかぽつんな感じがするはずである。
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