これを捨て街へ出よう

 猛暑な残暑の上に原発が止まっていて電気が足りないらしく、私が勤めている会社でも、近頃しきりと節電を訴えている。社内や家庭で、節電のためにはどういう心がけでいるべきか、さまざまなアイデアを募って社内掲示板に解説してあったりするのだが、基本的には使わない部屋の電灯は消そうとか、冷房の温度を上げようとか、パソコンのモニタはまめに消そうとか、そういったことだ。

 私はこう考える。節電ということを考えたばあい、私が「大西科学」というサイトを運営しているのは、すべて、そりゃもうすーべーてーが無駄、電気代とエネルギーの無駄である。わざわざこのために私はパソコンを立ち上げて書かずもがなのことをぽこぽこ書いているわけだがこれはもちろん無駄なことだし、それを公開しているサーバが二十四時間止まることなく電気を消費し続けるのも無駄以外の何物でもない。そしてこれが量としては最も多いが、それを他人に読ませることによって、それぞれの家庭なり職場なり学校なりで使われている電気もまた、それぞれ無駄なのである。地球環境のことを忘れては暮らせない昨今、せっかくのパソコンそしてインターネットは、もう少し有意義なことに使うべきではないか。このサイトが八年以上も存在していたおかげで大気中に排出された二酸化炭素は、いまや取り返しのつかない、莫大な量に達しており、この地球温暖化の一因となっていることは間違いない。やめよう。即刻やめよう。パソコンの電源を落とし、森にでも出かけて自然との共生について考えよう。

 と、そんなことはしないので以下はすべて偽善だが、そんな社内の「省エネ情報」の中に、耳寄りな一節があった。休日、暑い暑い夏の日に、いかに家のエアコンを使わないで済ますか、という話である。社員から寄せられたアイデアとして、こういうのがあった。いわく、

「休日は買い物に出かけて暑さをしのぐ」

 アホ大臣か、と私は思った。アホ庁長官か。昼間、近くのショッピングセンターに家族で出かけることにすれば、それは確かに、家のエアコンは使わずに済んで家計も助かるかもしれないが、地球全体の環境のことを考えたらどうなのか。あっちで使うエネルギーをかわりにこっちで使っているだけではないかこのアホ事務次官、と思ったのである。なお、アホ事務次官はアホ省における事務方のトップだ。

 しかし、その暑い一日が終わり、夜になってようやく少し落ち着いた頃、家でビールを飲みながら私は思った。もしかしたら、そうではないかもしれない。よく考えると、アホアホ大臣は私かもしれない。

 そもそも「あっちで使うかこっちで使うか」という、その考えが、必ずしも当を得ていない。まず、量産効果というか「まとめて買うと安くなるの法則」が、この場合も適用されるに違いないからだ。つまり、多数の人間が入れる、大きな部屋を作り、そこを冷房するのと、一人に一つずつ個室を用意しそれぞれを冷房するのでは、どちらが効率が高いか(総消費エネルギーが少ないか)を考えると、一般にこれは前者である。風呂の湯は冷めにくいが、洗面器にすくい取った湯はすぐ冷めてしまう。あるいは、五十人乗りに満員に乗った大型バスを冷房するのと、一人ずつ乗った五十台の乗用車をそれぞれ冷房するのとどちらがガソリンが得か。こう考えると、アホ大臣かと一瞬でも思った自分がかなりのアホに思えてくる。

 なるほど、新しい客を迎えることで、ショッピングセンターの中は若干、気温が上がり、それを元の温度まで冷やすために余分のエネルギーを必要とするだろう。しかしそれは、帰宅して、三十数度まで上がった個人宅の部屋の中を適温まで冷やすのに比べると、遥かに少ないエネルギーで済むはずである。そもそも、エアコンの冷却に抗して部屋を暖めるエネルギーは、中にいる人間よりは、太陽光による熱や周囲の大気との熱交換、電化製品等が発する熱によって部屋にもたらされていると思われる。これは人間が発する熱量(一人につきおおよそ80ワット程度)と、太陽光のエネルギー(一平方メートルあたり1キロワット見当)や電化製品の消費電力を比較すればわかる。

 上で風呂に関して書いたように、冷やす体積が大きくなると、表面積は体積との比で小さくなるので、周囲との熱交換の問題は相対的に小さくなってゆく。ショッピングセンターの建物を適切に設計すれば直射日光による熱もかなり無視できるだろう(たとえば最上階を吹き抜けの駐車場にするなど)。そもそも、ショッピングセンターなどの大型の施設では、断熱などに払われる努力も個人の家とは開きがある。個人宅にも密閉性や断熱性にすぐれたものはあるだろうが、ばらつきが大きく、平均すればかなり悪いスコアしか出せないはずだ。電灯をはじめエアコン以外の電気はショッピングセンターのほうがたくさん使っていると思うが、一人頭にすると似たようなものかもしれないし、それにこれは、訪れる人数によって増減するところがそんなに多くはない。

 とすれば、暑さをしのぎつつ国民全体が使うエネルギー消費の合計を抑えるために「公共の大型避暑施設」というものは、考慮する価値があるのではないだろうか。夏の最も暑い時期暑い時間に、個々人が自分の家でそれぞれにクーラーを使うのではなく、広い空間に人を集める。そうしておいて、まとめて涼しさを味わってもらう。なにも閉じ込めておく必要はなくて、最も暑い数時間を楽しんですごし帰ってもらえれば、省エネに寄与するところは大きいのではないか。自治体がこれをやる場合、無料の映画かなにかで客寄せをすれば、映画館は暗いので照明する必要もなく、一石二鳥である。

 さて、そこで思い出すのはインターネットカフェというかまんが喫茶というか、そういう施設のことである。近年「ネットカフェ難民」として、住所を持つことなくこうした終夜営業の施設で寝泊りする人々が問題になっているが、二十四時間冷房されている場所で長時間を過ごすことは、上の議論でわかるように、ことエネルギー消費という観点から見た場合、かなり理想的なのではないか。私が学生時代に住んでいたアパートにはどのみち風呂はなかったので、報道を見るにつけ、あの自分の下宿と生活のクオリティとして本当のところどちらが上なのか、いつも疑問に思っている(もっとも、毎日ネットカフェに泊まった場合私が払っていた下宿代より高くなるかもしれない)。ともあれ、あれをもう少しポジティブに捉え、暑いときはみんなネットカフェに寝泊りすることにすればどうだろうか。

 ただ、そのネットカフェで暇だからといって私の雑文を読んでいては、それは電気の無駄遣いであることは再度指摘しておきたいところである。暑いときは雑文なんて読むものではない。


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