フジテレビの番組「笑っていいとも」の1コーナーで、ゲストが会場の百人の客に質問をし、該当者がちょうど1人だったら成功、というゲームがある。ゲストは質問をよく考えて、百人につきちょうど一人くらいが「YES」と答えそうな質問を出さなければならない。「笑っていいとも」という番組は、どのコーナーを取っても、ものすごく面白い、ということはないのだけれども、なんでもそつなく作ってくる感じがする。いわば、数人の天才ではなく、何人もの職人が作った、という印象があるのだが、このコーナーも、単純だが工夫されていて面白い。
平日の昼12時からやっている本放送時は会社にいて見られない私だが、日曜の午前中に総集編的な、編集版を「増刊号」として放映していて、私はこっちを見る機会が多い。その中、1月30日放送分の番組の中で「百人アンケート」に関し、ありえない確率で成功(YESと答えた人がたった一人)が続いている、という話題があった。
直感的に、こんなゲームで確率もなにもなく、うまい質問を考え出すかどうかではないか、と思ったのだが、すぐに思い直した。そんなことはない。仮に、ゲスト側がうまく、日本人が百人につき一人がYESと答えそうな質問(たとえば保険証番号の末尾が00の人、というような)を出題できたとしても、答える百人の客が無作為に選ばれたものである限り、常に「1」という結果を得られるわけではないのである。
説明しよう。まず、仮説として、質問は上手であるとする。ゲストには「この中で母親が女性である人スイッチオン」というような質問をする自由もあるわけだが、いま仮に、どういうわけでか、すべてのゲストがすぐれた洞察力を持ち、常に百人に一人が該当する質問を的確に考え出せるとしよう(でもって、客は誰も嘘をつかないとしよう)。その上で、スイッチを押した人が確かに「1人」である確率はどれほどか。
ここで、客は、どういう人々かというと「平日の昼間にアルタに集まれる人」だと思うが、この客候補の人数、つまり統計の母集団の要素の数は無限大ではない。多く見積もっても一千万人とか、その程度ではないかと思うのだが、まあ、百人に比べれば十分多いことは確かで、計算上は無限大とみなして差し支えないと思われる。だから、結局はこれはサイコロを百回振る場合とほぼ同じである。昔、テーブルトークのロールプレイングゲームなどに親しんでいた人ならあるいは知っていると思うが、世の中には振ると〇から九までの目が出る「十面体サイコロ」というものがある。これを、色違いで二つ用意して、いっぺんに振る。これを百回繰り返して、何回「どちらのサイコロも〇が出る」ということが起きるか、と考えればよい(※1)。
この「00」が百回につき一回きり出るという確率は、こういうふうに計算できる。一回振って「00が出る」確率は、1/100である。残りの九九回はそれ以外の目が出なければならないので、確率99/100が九九回起きることになる。サイコロを振る試行同士は独立なので、これら確率を掛け合わせて(1/100)×(99/100)99。ただ、00は一回目から百回目まで、どこで出てもよいから、全部で百通りの出方がある。従ってこれに百を掛けて「ちょうど一回だけ00が出る確率」としては0.9999を計算すればよい。これは、関数電卓程度でも簡単に計算できる。結果は0.37くらいになる(※2)。37%。「百回振る」を百回やって、うち37回だ。
だから、そんなに起こりにくいことではない、と言えるだろう。5回連続して成功する確率でも0.7パーセントで、番組は平日なら毎日ある、ということを思い出すと、これは「起こらない」と言えるほどまれな出来事ではない。直感的には、たとえば0.37というのは、ちょうどイチローの打率くらいの数字なのだが「5打席連続ヒット」という記録が、確かにときどき起きているように思う。
ただ、もちろん以上には「質問が非常にうまい」、という非現実的な仮定があるわけである。以上の確率は「質問が最高にうまい」とした場合の限界値であり、一般には質問をそこまで周到に作ることができない以上、「1人」を出せる確率はこれ以下になるはずである。
現実にはどうなっているか、私はこの番組の熱心な視聴者でないけれども、現実には、4割弱もの確率でゲストが賞品の携帯ストラップを持って帰っているようには見えない。たとえばもし「質問がうまい」とすると「0人」という場合が「1人」とほぼ同じだけの確率で発生しなければならないが、番組上はそれよりもずっと多い人数、5人とか8人などという結果が出ることも多いようだ。これは、端的には「質問はそれほどうまくない」ということを示している(※2参照)。番組中で「統計学の専門家」と紹介された大学教授が解説をされていたが、これが「奇跡的である」という認識は、私の一面的な計算と違って、このへんをうまく計算に乗せたものかもしれない。
しばらく前から続いているこのコーナーに、ゲストのほうでも慣れてきて、どういう質問をすればだいたい「百人中一人」かという、常識のような、感触のようなものができつつあるのではないか、とは思うけれども、やはり本当のところはよくわからない。だいたい、身もふたもないことを書くようだが、客も、集計システムも、正直なものとは限らない。テレビは我々視聴者に対して正直であることによって、報奨を受ける類のものではないのである。
ただ、繰り返すが0.37という数字だけを見れば、これはけっこう当たりやすい確率である。しかも、質問がやや下手で、本当は百人中二人が該当するような質問を出してしまったとしても、実はこの確率はそんなには下がらない。上の計算で1/100や99/100を2/100と98/100で置き換えるわけだが、この計算結果は0.27と、イチローが新庄になった程度である(大違い、という意見もあろうが)。つまり「2人」が出るように作った質問でも、たまたま「1人」になる確率は結構高い(※3)。たぶんそのへんが、成功時のプレゼントがいま一つ豪華ではないことの一因ではないかと考えると、なにか納得できるのは確かである。
なにしろ、上のような計算は高校生程度の知識と関数電卓があればできる、初歩的なものだし、「質問は最高にうまい」という仮定は、あるときこのコーナーをはじめる前に制作者側が設ける作業仮説としては安全なもので、つい採用したくなる説である。第一、まったくの印象としてだが、「笑っていいとも」に限って、こういうことを計算しないでコーナーをはじめる、などということを、私にはどうも信じられないのである。などと言ってしまうと、買いかぶりすぎというものだろうか。