インパルス消火器の使い方

 九月一日は防災の日である。関東大震災があった日だそうだ。防災意識を高め、万一に備えた訓練や点検を行う日となっている。ただし、九月一日は多くの学校では二学期の始業日に当たってしまうので、本当はあまり都合が良くない。阪神大震災の一月一七日に変えればどうかとおもうが、冬に避難訓練を行うのはなかなか難儀なので、やっぱりこれでいいのかもしれない。

 ご他聞に漏れず、私の職場でもこの九月一日、火災訓練があった。なにしろ巨大な加速器施設をかかえているため、消火設備も並ではない。普通の消火器の他に、避難や救助活動用の空気マスクなども多数用意されており、この日はこれらの使い方のレクチャーもあった。素人に救助活動用の装備の訓練を行ってどうなるものでもないと思うのだが、やはり使い方を知らないよりは知っていたほうがいい。ボンベを背負い、ガスマスクのような(ガスマスクなのだが)面体を装着して、ボンベからの空気を吸う、といったことを練習した。

 しかし、今回の目玉は、何と言っても新装備インパルス消火器だった。インパルス消火器とはなにか。消防漫画「め組の大吾」を読んでいる人はご存じかと思うが、少量の水を空気圧で勢いよく吹き飛ばし、目標にぶつけて消火する装置である。ケーブル束など、普通の放水が入り込みにくいような場所の火災に、非常に有効なのだそうである。うちでは化学薬品を使っているわけではないので、燃えそうなところは電源系と決まっている。そういう考えで導入にふみきったものだろう。かなり新しい消火装置で、市の消防署にも一式あるだけだそうだ。

消火器

 インパルス消火器は、バズーカ砲のような大きさと形をしている。長さ一メートル、口径は三〇ミリくらいだろうか。両手で構えるように、把手がついている。水や空気の入ったタンクとゴム管でつながっていて、これが本物の携帯無反動砲と違うところだ。砲を目標に向けて、水を砲身に注入、引き金を引くと空気圧で水の塊が発射される。鋳造の金属製だが、ディテールにあまり凝っていないせいか、本物の火砲というよりは、なんとなくゲームセンターの射撃ゲームのようなイメージがある。

 しかし、この威力が、マジで凄い。まず、こいつの発射前には、手袋をしないといけない。そうでないと反動で手にアザができるのだそうだ。さらに、腰だめにしてしっかり構えないと、銃把が体にぶつかってケガをする。痩せた人が扱うと、反動でよろめくほどである。こんな危険なもの、いざというときに素人が扱いきれるのだろうか、というくらいである。

 係の人によるデモンストレーションのあと、試射をやらせてもらった。両手で砲を持って構えると、なにか恥ずかしい。いい年齢をして、モデルガンで遊んでいるような気恥ずかしさがある。もっとも、訓練という大義名分で職場で遊ばせてもらえるという意識の方が強かったりするのだが。水を砲身に入れて、安全装置を解除、目標に向けて引き金を引く。なんでも、威力がありすぎて火をつかうと危ないとかで(なにか間違っていると思ったあなた、あなたは正しい)、五メートルほど先に置いた、水の入ったペットボトル目掛けて発射したのだが、ドン、と発射するとそれが一メートル位吹っ飛ぶ。これはいい。炎を制圧する、という言葉が似合う、ナイスな消火装置である。

 さて、使い方はわかった。あとは、早く実戦で使用してみたいものである。とはいっても、なかなか火事など起こるものではないし、仮に起こったとして、私のような普通の人が消火活動に参加する機会はありそうにない。

 ということで、個人でインパルス消火器を購入して、使用する場面を考えてみた。

 どだい無理のようである。だいたい、てんぷら油火災などに使おうものなら、火のついた油が飛び散るどころか、中華鍋ごと吹っ飛ぶという代物なのである。個人で持つのは無理がありすぎる。やはりこれを使おうと思ったら、消防士さんになるしかないようだ。

 ここまで書いてふと思ったのだが、消防署はこのインパルス消火器を持って、小学校などを訪問すればどうか。中学生なら、試射をさせてみるのも悪くない。これがやりたいがために消防士への道を志す者が、きっといると思うのだ。消防士という仕事は、もとより勇壮なものだが、インパルス消火器という武器を手に入れて、ついに小学生憧れの職業になったといっても過言ではあるまい。それがねらいで開発したのではないだろうが。


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