ハイウェイ・ヒュプノシス

「なあ、兄貴」
 私たち兄弟は、自動車に乗っていた。1月4日夕方。帰省のUターンラッシュの真っただ中である。自動車は断続的な渋滞に巻き込まれて、名古屋の手前で完全に停止してしまっていた。
「んー。なんや」
 今ハンドルを握っているのは私である。兵庫県にある故郷を昼前に出発してから、交代にもう5時間も運転を続けていた。弟の車はマニュアル車であり、こうした渋滞に巻き込まれるととたんにクラッチペダルを踏む左足や、シフトレバーを操る左手が忙しくなる。こういう時は、なぜオートマ車を買わないのだと思う。
「あれ、なんやろう」
「あれやろ、俺も気になってたんや」
 どういうわけか彼の車はラジオが使えなかった。自分で配線したらアンテナを繋ぎ忘れたらしい。だから、外から渋滞の情報を手に入れることができないのだ。時々電光掲示板などに表示されている渋滞情報以外、この渋滞がどこまで続いているのかを知るすべはない。トンネルの中で事故が起こっていても、分からない。
「動いているんかなあ」
「いや、さっきからあそこにずっとある」
 しかたなく、私たちはずっと彼の持ち込んだCDを順番に掛けて聞いていたのだが、これが結構辛いものである。ラジオなら、DJの話やヘッドラインニュースなどを肴にしてこっちで勝手に盛り上がることもできるのだが、CDではそれはできない。私が洋楽に詳しくないのでなおさらだった。
「いや、俺の目の錯覚やなかったんやなあ」
「なんやろうなあ、あれ」
 兵庫県から、とりあえずの目的地である静岡県までは五百キロメートルほどの距離である。予定では夕方ごろには弟の住む静岡に到着して、私だけがそこから「こだま」で埼玉に戻る予定だった。しかし、もう夕暮れが迫っているというのに、私たちはまだ名古屋にも到達していなかった。
「おいおい、よそ見したらあかんぞ」
「すまん。でもホンマに、なんやあれは」
 交代で運転しているとはいえ、長時間のドライブで、助手席の者が勝手に寝るというわけにはいかない。結果として、私たちはいろいろなことを話しながら旅をしていた。私の場合、最近は自分のページに話としてまとまっているエピソードがたくさんあるので楽だった。ただ思い出して、会話にすればよいのだ。「展開できないBinHexファイル」から順に、「サルだってチャットする」くらいまで話したろうか。落語まで演じてみた。オチがわかりにくいと、不評だった。
「少しずつ動いているみたいやぞ」
「あ、消えた」
「ホントや、消えた消えた」
 思えば、弟とこんなにゆっくり話をするのは初めてではないだろうか。弟も、私に負けずにいろいろと話をしてくれた。職場で起きたいろいろなエピソード、軋轢、信頼関係、達成感を。私が目を離すとなにもできなかった、あのころの彼ではないのだな、と当たり前のことを改めて認識した。
「いや、あっちや。あっちに移動しとる」
「なんや。すごい速いぞ」
 便利になったもので、携帯電話などというものを持っているおかげで、時々外から電話がかかってくる。どうも弟は、つきあっている女性と、静岡にいるのだが、私を駅に送り届けたら晩御飯を一緒に食べようなどと約束をしていたらしい。しきりに謝っているのがおかしかった。渋滞だもの、仕方がないじゃないか。えっ。いやそんな。ごめん、ごめんて。私の方にはそんな約束もない。
「明るくなってないか、あれ」
「おいおい、ちょっと待てや」
 そういえば、私が近頃どういうことをしているか、というのは話さずに終わってしまった。話の元ネタが元ネタなので、毎日馬鹿なことばっかり考えて過ごしているのだと思われているに違いない。そうではないのだ。少なくとも、そればっかりじゃないのだ。
「まさか。こっちに来てるんとちゃんうか」
「うわあああっ」

 その後、静岡に着いた私たちは、その間の記憶がすっぽりと抜けていることに気がついて驚いた。気がついたら浜名湖のあたりを快走していたのである。名古屋から4時間も経過して、すっかり夜中になってしまっていた。いったいなにがあったのだろうか。それ以来、私の耳の後ろに小さな穴ができているのも気になっている。


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