すき焼きに関する研究レポート

イントロダクション

 すき焼きの問題に関しては、近代の牛鍋に端を発する日本における牛食文化の一環として、また世間に認知されている通俗的な料理の一つとして一般的である。しかしながら、その調理方法、料理進行に関しては特に関西、関東で大きく違う部分があり、また定式化されていないという印象を受けていた1)。われわれは、今回、このすき焼きの調味料、あるいは料理方法の一つとしての「割り下(わりした)」問題に注目し、その組成、性格、歴史、またこれからの発展について考察を行った。

調査方法、内容

 まず、この問題を報告するに当たって、割り下とは何かという、定義の問題に触れなければならない。予備調査によれば、割り下はすき焼きに用いられる調味料、あるいは食材、あるいは広義の「装置」であり、関西では用いられないという事実が判明していたのみで、割り下が調味料であるという確たる証拠も存在しなかった。今回現地調査に赴いた調査員は、まず何が割り下で、なにがそうでないかを確認する作業から開始しなければならなかったのである。
 なお、今回のレポートでは、「すき焼き」「鋤焼」「すき焼」「スキヤキ」などの表記方法がある料理について「すき焼き」と、また「割下」「割り下」「ワリーシタ」2)などの表記方法がある調査対象に対して、「割り下」との表記方法を採用した。

 調査においては、すき焼きを主に扱う料理屋(都内)の従業員に対する聞き込み調査が大きな比重を占めた。この調査方法は、特に調査サンプル数という点で疑問を呈される単数調査となってしまったが、今回の研究に関しては主として調査リソースの不足からこれ以上の踏み込んだ調査はできなかった。一方、実地調査、主として判明した「割り下」を用いたすき焼きの調査員による分析であるが、こちらは十分なデータを得ることができたと考えている。

調査結果

 今回の調査結果からは、「割り下」は、すき焼きに用いられる調味料、という結論を得た。これは事前の調査3)と、一部矛盾する点があるものの、今回行われた調査の大量のデータが指し示すところによれば、また、後述する別の調味料の存在との混乱が見られたのではないかとの推論から、今回の調査結果に十分な確度が得られたものと判断される。「割り下」は調味料である。それ以外のものではない。

 一方、組成に関しては、調査員の分析に十分強力な分析装置を用いることが出来なかったため、「醤油、砂糖にみりんを加えたもの」という従業員の証言をそのまま結果として報告するにとどめる。調査員の印象では、この「割り下」の組成に関して、この口頭で与えられた情報になんら矛盾する結果は得られていないが、ガスクロマトグラフィ、質量分析などを用いたより詳細な調査が求められる。

考察

 意外であったのは、「割り下」に関してその使用法がすき焼きに限られるのではないかという推論に対して、「他の使用法が一般に存在するのでこれでよいのだ」という結論が得られたことであった。本研究者は、今回の研究における比較対象として用いた「割り下」を使用しない地方文化4)の観点から、一般に、醤油と砂糖、みりんを混ぜ合わせて一種の調味料とするよりも、別々の状態で保管し、実際の使用時に混交させて使用するという方法が、
1.基本的に混合が不可逆反応であること。一度混ぜ合わせた調味料は分離が困難で単独での使用に適さない。
2.使用範囲の狭さ。1と関連するが、すき焼き用調味料以外に、甘辛く煮るという用途にのみ使用が可能でその応用範囲が限られている。
3.混合における過失の波及範囲の広さ。大量に「割り下」を製造する場合、その製造に失敗すると以後の相当回数のすき焼きにその効果が波及することになる。
 という、「割り下」方式の持つ弱点から優位であることを指摘したが、これは製造法の工夫、食生活の種類によっては必ずしも弱点ではなく、それよりも味の調整に関して食事中に技巧を要さない分、「割り下」方式こそが優れた方法であるとの結論を得た。本研究員は、今回の研究のもっとも重要な結論として、この「割り下は便利である」との調査結果を挙げたい。

 付け加えるに、今回の成果として「うす割り」なる調味料ないし食材ないし広義の「装置」の発見があげられる。これは「割り下」との併用により、すき焼きのベースとなる煮沸用ソースの濃度を人工的に下げるために使用される。薄い「だし」を使用した水ではないかとの調査結果を得たが、前述の「割り下」の分析と同様、プレリミナリィ(予備的)な結論であることに注意されたい。

結論

 今回の結論として、「割り下」に関して十分な調査内容が得られ、問題の段階的解決に向けての一道標としての役割を十分果たすに足る、重要な調査であったと言える。さらに本研究員の個人的な参考意見として述べるならば、すき焼きは非常においしかった。今後の追跡調査が待たれるところである。

謝辞

 今回の調査に当たっては、いをり調査員おがん調査員アイス調査員の多大なる尽力を得た。感謝を捧げるとともに、共同研究員として名前を記すものである。

参考文献

1) D. Tanigaki et al., The cooking and seasoning reports, 18, 1022 (1997).
2) W. Sukiyakinov, The cooking society of Russia, 6, 303 (1991).
3) 食の文化を考える会(篇), p. 1089, 東京の夜とスキヤキ, 夏声書院, 1979.
4) J. Onishi et al., Eating culture rapid reports, 33C, 74 (1995).


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