この銀河に、かつて宇宙に進出した文明があったとする。彼らは、光の速さを制限とした移動やコミュニケーションの不都合に悩まされながらも宇宙を探検し、さまざまな惑星に植民を成し遂げる。そのうち、彼らの文明は、いくつかの星系、惑星にまたがる、銀河連邦へと発展してゆく。
そこにあるとき、戦争が起きる。銀河の広さと文明の寿命の短さから、同程度の文明を持った異星起源の種族との出会いを仮定しにくければ、彼らの内部から戦争が起きたことにしてもよい。古く、鈍重ながら強大な力を持った母星と、新しく活気にあふれ、それゆえに母星の束縛をふりきらんとする植民惑星の戦いの発生は、歴史の必然といってもいいだろう。
しかしそうした場合、光速を限度とする恒星系間の移動速度の遅さは、戦争遂行にあまりにも厳しい制限となってのしかかる。医学の発展によって、与えられた100年の生物的寿命が200年、500年になったところで同じことである。生命にとって、銀河系は広大すぎる。特に戦争を行うには。
そこで、戦争の当事者のどちらかの側は、たぶん不利なほうに決まっているが、かならず無人兵器を考え出す。脆弱な生命を乗せずに相手の星系に達し、与えられた任務をこなした後自爆する無人戦艦である。慈悲もなく許容もなく、そうした無人兵器群は、相手の防御網をかいくぐり、敵陣に少なからぬ損害を与える。
そうなれば、これがエスカレートすることは目に見えている。無人兵器はさまざまな要求に応えて細分化され、兵器には戦略や戦術を考える電子頭脳が与えられる。彼らの構造が複雑化し、高価になるに従い、自らメンテナンスを行い、修理を行う機能が与えられる。さらに、無人の鉱山採掘ロボットやエネルギープラントと結合し、小惑星を削って自らの眷族を生み出してゆく性質さえ与えられる。
ここに至れば、彼らに自己進化の能力が与えられるといってもそれほど的外れな想像ではないだろう。相手の戦略、兵器に呼応し、自らを作り替えてゆく巨大な無人兵器群。しかし、ほんのわずかな齟齬から、与えられた基本プログラム、敵陣を破壊せよという命令は、いつしか全ての生命を根絶やしにすることにすり替わり、かつての主人であった種族をも滅ぼしてしまう。
目に付く全ての生命を破壊し尽くし、目的を失った兵器群は、しかし、生物の限界を超えているがゆえにそこで立ち止まりはしない。忠実にプログラムに従いつつ、自らをメンテナンスし、増殖し、進化する。次に戦うべき相手を探し続ける。彼らにはもはや死はない。恒星間の距離も、ものの数ではない。全方向に索敵プローブを打ち出した彼らは、次の戦いに向けて、短い眠りにつく。
そして、数万年、あるいは数百万年後のある日、未知の惑星系から、化学燃料を使って打ち上げられたとおぼしい人工の衛星を発見した彼らは、探し求めた敵と、それを認める。全てのシステムが、全面戦争に向けて動き出し、巨大な戦争機械が、全ての生命を根絶やしにするためにこの惑星系へと集結を開始する。やっと宇宙への足跡を記しはじめたばかりの幼い人類に向けて。
…えらい長い前置きだが、とまあ、そういったことを考えたわけである。かつての文明に置き去られた自動機械を扱ったプロットは、総称して「バーサーカー」と呼ばれているのではないかと思うが、実にありそうなシナリオなので、本当にこういったことが宇宙のどこかで起こっていないのは幸運といってもいい。で、何が言いたいのかというと、バーサーカーが、私の職場の屋上にいたのだ。
そのバーサーカーは、私のいるオフィスの屋上で長い間活動を続けていた。どうも、彼を設置した人類がそのことを忘れてしまったらしい。彼の出力パイプはすべて断ち切られ、わずかに電源供給と、損失分の補給パイプだけが動き続けてきた。彼は、休眠ぎりぎりの状態におかれながらも、与えられた命令を忠実にこなし続けた。
彼の存在が再び人類によって認識されたのは、彼が任務を与えられてから五年後のことだった。老朽化していた出力パイプがついに損壊し、彼は突然、行動状態に置かれたのだった。彼は電力を使用し、補給パイプから新たな物資を取り入れ、出力へと流しだし始めた。
「うわっ、なんだこの水」
「うぉっ、天井からっ。水が水が」
「水じゃないぞ、お湯だ。うわわ」
人類にとっての幸運は、彼がただの湯沸かし器だったということだろう。