これをお読みのあなたの隣に、親しい人物(恋人、親友、配偶者、親、兄弟など)はいらっしゃるだろうか。できれば頑丈な人であったほうがいい。あなたの体重が軽くて、隣の人が力持ちというのが理想である。条件が整ったら、まず椅子から立ち上がって、手を首の後ろで組んで欲しい。腹筋運動をするときの手のポジションである。次に、脇をしめて、ヒジを体にくっつける。くっつける、というのは気持ちなので、つかなければそれでいい。あなたの準備が整ったら、パートナーにあなたの背後に回ってもらい、折り曲げた腕の上からしっかり抱きしめてもらう。ぎゅ、と。で、そのまま、丸太を引っこ抜くように真上に持ち上げてもらうのだ。
どうだろうか。ぼきぼきぼきぼきという音が、あなたの背骨というか、首のあたりからしなかったろうか。私はこれを、通っていた高校の体育の授業で毎回準備運動の一環としてやらされていたのだが、なんの役に立つのかさっぱりわからない。確かに、どうしてこれで関節が鳴るのか、どこの関節が鳴っているのか、不可解で面白いことは確かなのだが、これをしたからといって首の骨を折りにくくなるとか、そういうことはないと思うのだ。どうも、「な、不思議だろう」という顔をして私たちを見ていた体育の先生の陰謀ではないかという気がする。
関節といえば、指をポキポキと鳴らす人がいる。「北斗の拳」でケンシロウあたりがよくやっていたあれである。あれはもう、あれをしないと指がカユくてしょうがないのではないか、などと想像しているのだが、そういう人を見ていると、実にハデな、ほとんど「ペキ」っと表現するにふさわしいくらいの音を立てていることがある。お前もポキポキにしたるでえ、と言われている気がしてそれだけで謝ってしまいそうである。しかしこれも、冷静に考えてあれをやったからその後の殴り合いに強くなるとはどうしても思えないのだが、どうなのだろうか。私など無理に指の関節を鳴らそうとすると、その後なぜか腰が抜けたようになって握力がなくなってしまうのだが、あなたはどうか。
ところで私は、この「指を鳴らす」というのに、ちょっとしたタブー感がある。こうしてポキポキと鳴らしていると、指の関節が節くれ立ってしまう、という話を聞いたことがあるのだ。関節の所が炎症を起こして腫れるとか、軽い脱臼を繰り返すことになって直ったときには腱が少しずつ太くなってゆくとか、そういうことではないかと思うが、これはちょっと怖いイメージである。「七夕の国」という漫画の「カササギ」、この漫画を読んだことのない方にはなんのことだかわからないと思うが、別に読む必要はないのだが、最終的にはあんな感じになるのではないか。私の古い友人に、しょっちゅうこうやって指を鳴らしていた人がいて、確かに指の第1、第2関節のところが太く膨れた手の人だった。因果関係が証明されたかのように書いているが、一例だけの印象を元にして言っているので、あまり信じ込まないでください。
さて、もともとそういう手を持った人なのか、それとも指を鳴らしたのが原因でそうなってしまったのか、という疑問をはっきりさせるには、その人の親兄弟、子供を調べれば良い。その人たちが同じ手の持ち主なら、これは遺伝的に節くれだった手の持ち主なのである。家族の中でその人だけがそうなら、これは獲得形質、つまりその人の行いが原因でそうなってしまったということの証明になる(本当は、ある確率で、という保留事項がつく)。
獲得形質は遺伝しない。日本に住む猫の中には、生まれつき尻尾がちぎれたように短い種類がいるが、あれを「猫またになるのを防ぐために、尻尾を切っていた時代のなごりなのだ」と言われたりしているのを聞いたことはないだろうか。そんな話聞いたことがない、おまえの田舎だけで言われていたのだろう、となるとちょっと辛い例を引いてしまったことになるのだが、とにかく何が言いたいかというと、仮に代々猫の尻尾を短く切り続けていても、それで子孫の猫の尻尾がだんだん短くなるとか、逆に長くなるということはないのである。
猫の子孫の尻尾を短くしようと思うなら、尻尾が生まれつき短い猫だけを生かし、長い猫は子供を残させないように殺してしまうような作業を行う必要がある。そうしてはじめて、人為陶汰によって猫の形質が変化するのである。尻尾を人為的に切断することでは、この過程は起こらない。どうしてそうなのかというと、遺伝子の情報はこういう外的な要因によっては変化しない、ということに尽きる。尻尾を切る、という作業は、尻尾の長さをつかさどる遺伝子には何の変化ももたらさないからである。
だから、仮に指を鳴らしすぎて節くれだった手になってしまったとしても、それが子孫に影響するという懸念だけは、捨てて構わないわけである。安心して指を鳴らして欲しい。ところで、冒頭でやったように背骨を鳴らすと、いったいどこが太くなるのだろうか。やっぱり首、なのだろうか。首が太い赤ちゃんが生まれたらそれはちょっと嫌だ、ってそうはならないんだってば。