ここでは、愛と言っても、愛称の愛のことである。愛称というか、ニックネームというか、もっと簡単な呼び方の話だが、初めて会った外国人と話していると、「ジョニー」と呼んでくれ、などという風によく呼び方まで名乗り合うことがある。そういう文化なのか、私などは、べつに「スコルシェンニイワニコフ」だろうが「フォン・アルトマンフォーマッハー」だろうが、長い名前を呼ぶことに抵抗があるわけではないのだが、覚えにくいだろうとか、呼びにくいだろうとか考えて「ミーシャ」とか「コディ」なんていう愛称を提示してくれるのである。
しかし考えてみると、この光景は「ケンイチロウです。ケニーと呼んでください」と言っているようなものではないのだろうか。自己紹介の場でいきなり反感を買ってしまい「なにがケニーだ、お前なんて『マユゲ仮面』だ」なんて思わぬあだ名をつけられそうな主張である。仮に定着しても、いい大人が職場で「ケニー」「カンチ」などと呼びあっているわけで、これは日本人としてはかなり受け入れがたいことである。
それでも、まあ、相手の愛称を呼ぶのは構わない。困るのは、では代わりに私はなんと呼んでもらったらいいかという問題に、私はまだ結論を出していないことなのである。
私の名前は「オオニシタカシ」と読むわけだが、これは大変愛称を作りにくい名前である。タカシをなんとか一言で言えるような愛称にしようとひねり回しても、どうもうまくない。「タカ」も「タシ」も「カシ」もなんともゴロが悪いのである。「タッキー」にするのはなんとなくプライドが許さない気がする。では名前はあきらめてオオニシの方はというと、最初が「オオ」という長音だけに、どうにも省略しようがない。なんとか「ニッシー」というのを思い付くのだが、これもなにやら難儀な名前には違いない。しかたなくこういう場合にはとりあえず、「カマワナイカラ、オーニシト呼ンデクレタマヘ」と言うことにしている。世のお父さんお母さん(予備軍)は、これからは愛称の事まで考えて名前をつけてやれるといいです。
さてそういう目でいろいろ見ていると、気になるのが、陸軍とか海軍の英語の呼称である。ちょっと話が脇にそれるが、この手の軍隊に関係する単語は英語でも古くからある単語群だけに、なかなか合理性に欠けた命名になっている傾向にある。「大将、中将、少将、大佐、中佐、少佐、大尉、中尉、少尉」と日本なら整然とした呼称になっている士官の階級の名前も、英語では昔どこかの王様が酔っ払って決めたのではないか、と思うくらいバラバラである。カーネルとキャプテンのどちらが偉いかわかるだろうか。陸軍ではカーネルのほうが三階級くらい上になるのだが、海軍のキャプテンは陸軍のカーネルと同等で、大佐に当たる。誠にややこしい。
しかし、それよりも気になるのは、陸軍が「アーミィ」、海軍が「ネービー」、空軍が「エアフォース」となっていることである。こんなに各自我が道を行っていいのだろうかと思う。日本が陸軍、海軍、空軍(あるいは陸上自衛隊、海上自衛隊、航空自衛隊)ときっちりそろっているのと比べるとなおさらそのようである。「武士団」のとなりに「水軍方」がいて「航空担当軍」が新設された、という感じのバラバラさなのではないか。
で、どうも、この「アーミィ」というのは、愛称なのではないかと思うのである。たとえば「Arms」というのは武器のことであって、この「アーミィ」と同じ語源を持つのだと思うが、なんとなく「陸軍」は「武器」の愛称形という気がする。想像だが「武器っち」のような語感があるのではないだろうか。
もし、日本の軍隊が海外のそれをお手本に明治時代に作られたものではなく、戦国時代の軍隊組織をそのまま引き継ぐものだったとすれば、歩兵にあたる言葉は「足軽」になっていたのではないかと思うのだが、「アーミィ」という言葉は、そういう、昔のイメージを引きずった名前をそのまま使っているように思える。
「海兵隊」というのは、海軍から派生した陸上戦闘を任務とする部隊のことで、主に上陸戦闘など、海と陸の境目で戦う訓練をしているアメリカの独立した軍組織である。普通の陸軍に比べ、過酷な戦場に送り込まれることが多いからか、軍の中でも特に精強な部隊とされ、その兵隊は厳しい訓練に耐えた真の男なんだぜ、という雰囲気で語られることが多い。ある漫画で、アメリカ大統領になろうと決意した人が、大統領になるためにはとりあえず学校を卒業したら海兵隊に入ろう、と発言する場面がある。妙に納得してしまうのだが、そんな男の中の男というイメージを持つ軍隊なのである。
ところが、歴史的に見て新しい軍事概念であるにもかかわらず、これが英語でなんというかというと「マリーン」なのである。これって、海という意味の「マリン」を引っ張っただけではないだろうか。日本語でいうと「うみーん」みたいなことになっているのではないか。このたび、新しく軍組織ができた。愛称は「うみーん」である、というようなものではないか。「うみーん上がりの屈強なボディーガード」とか言われても、なんとなく山椒魚あたりを護衛に使っているような、なさけないイメージしかないのではないか。
日本語ではなにしろ「軍」をつければいいので「宇宙軍」だろうが「防衛軍」だろうが、言葉として簡単につくることができる。タイムパトロールのような軍組織を考えたら「時軍」とすればそれでなんとなく意味が通じてしまう。便利なのだ。ところが英語では、なにしろ単語の成り立ちが直感的でないので、この手の架空の組織を設定するときは名称に苦労するのだろうなと思う。
たとえば、宇宙戦争を題材に取ったSFの中で、宇宙から地表に降りて戦うことを任務とする海兵隊のようなものが存在するようになるだろう、と考えるのは当然であって、ちょっと考えてみただけで、そういう部隊が登場する映画は「エイリアン2」「スターシップ・トゥルーパーズ」などたくさんある。では、現状では存在しないこの軍隊の名前は、日本語なら「宇宙軍陸戦隊」とか「宇宙海兵隊」「宙兵隊」でいいわけだが、英語ではどうなるかというと、「スペーシー」「スターミー」というところらしい。「うっちゅうず」になっているのだが、これで英語国民はカッコイイと思っているのだろうか。それにしても、「スペーシー」というのも、喉が渇きそうな名前ではある。