みんな大好き

 誰からも好かれる人間になろうと思ってはいるのだが、現実はなかなかそうはいかない。誰かに好かれれば、ある場面では嫌われる。それが人間というものである。

 ここ数年、私の机の上には、日めくりのカレンダーが置いてある。一日に一枚ずつ、猫の写真が入っていて、毎日違う猫に会える、という触れ込みのものだ。それなりに長い間猫と付き合っていると、写真の猫が驚いたり警戒しているのがわかるものである。もうちょっといい表情を撮ってやればいいのに、と思ったりもするのだが、それでもカレンダーをめくった瞬間にとけてしまいそうな(私が)写真に出会うと、その日いちにちなんだか嬉しい。しかし一方で、世の中にはとんでもなく猫を、猫という種族全体を嫌っている人がいて、そういう人はあの毛糸玉のような子猫の写真でさえダメなので、同じ赤い血の流れる人間かと疑問に思ったりもする。

 猫は所詮ケモノであり、実在の動物だから、嫌う人がいるのはやむを得ない。では架空のもの、大多数の人に好かれることだけを目標に作られたキャラクターであれば誰からも好かれるかというと、そうでもない。たとえば「ハローキティ」や「ミッフィー」「ピカチュウ」といったぬいぐるみ系のキャラクターに無関心な人はいるかもしれないが、丸く柔らかそうなこれらが嫌われることだけはないと普通は思う。ところがそれでもたまには「俺、あのキティだけは許せない、見ていると腹が立ってくる。大体あれは何者だなぜなれなれしく挨拶をしてくるのだ」とか「あれはオランダ人が考えたらしいのだが、ミッフィーみたいな単純な絵ひとつで膨大な外貨を稼がれているかと思うと我慢ならない」とか「以前ピカチュウに気絶させられた」といった理由で嫌う人はあなたの周りにも必ずいるはずで、つまりそれだけ人の好みは想像を絶して千差万別だということなのだろう。

 新聞に載っている四コマ漫画というのも、かなりこれら幼児向けのキャラクターと似て、大抵の人に好まれるように描かれているものである。私は、こういう四コマを、面白くないから読まないという人はいても、まさか積極的に嫌っている人がいるとは思わなかったので、かつてどこかで「フジ三太郎」を激しく非難した文章を読んだときは当惑したものである。なにもそこまで言わなくてもいいと思ったのだが、ひょっとして要するに朝日新聞が嫌いなのだろうか。今だと「となりの山田くん」(または「ののちゃん」)が批判対象かもしれない。さすがに「どーでもいいけど」(秋月りす)を嫌う人はいない、ような気がするがこれもどうかわからない。

 あるとき母がテレビを見ていて、昔からどうも「サザエさん」だけは好きになれない、と言いだした。私は、いったいどういう意味だろうこの人はなにをいうのだ、と、ご飯を食べながらただ相づちを打っていたのだが、本当に、果たして「サザエさん」を嫌いになれるものだろうか。お魚くわえたドラ猫をはだしで追いかけていくのが気に入らないのだろうか。買い物行こうと街まで出かけておいて財布がない、と言いだす人は確かに周りの迷惑だが、身の回りにいないのだもの、というか架空のキャラクターだもの、いいではないか。

 一説によれば、サザエさんは二四歳である。数年前に連れ合いを迎えて東京(一説によれば、世田谷)の一戸建ての父母の家で暮らしている。子供は一人。父母以外の同居人に歳の離れた弟と妹がいてどちらも小学校に通っている。くいしんぼうでお人よし、弟達に説教をすることもあるが本人も子供の一面を残している。

 そんな家族を描いた四コマ漫画を嫌うことができるだろうか、と誰でも思うわけだ。母の言い分を聞いてみよう。
「どうして、サザエさんを嫌いになれるのか、私にはそこがわかりません」
「テレビを見ていての感想なんだけど、サザエさんって、働いてないでしょ」
「ああ、そうですね。原作の漫画のほうでどこかにパートのような形で働きに出ていたことを知っていますが、すぐやめてしまっていたように思います」
「そう。また赤字だ、とか言っている割に自分は家計の足しにもなっていない、そんな状態でいいと思っているのかしら」
「へえ、なるほど」
「その上、家事だってちゃんとやってないのよ。食事を作るのはお母さんと一緒だし、洗濯だって」
「そういえば、そうですね」
「毎日毎日、親の世話になって極楽トンボみたいにのほほんと遊び回って、許せません。あんな人は嫌いです、お母さんは」
 なるほど、なんだかもっとものような気がしてくる。それを言えば、いつまでたってものび太君はダメ人間のままで成長しないし、オバQは大飯喰らいの能無し野郎なのだが、なまじ現実の家庭としてとらえられなくはないだけに、そういうアニメのキャラクターの生活を客観的に評価してしまいやすいのだろう。アニメをただのお話として見ているだけでは絶対に出てこない視点である。私は、かなり母に感心した。

「それに、いつも洗濯物を雨に濡らしたりお菓子を喉に詰めたりして、失敗しては、反省もしないで、おほほほとか、笑ってごまかしているじゃないの」
 しかしこれは、言い過ぎだと思うのです。お母さん。


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