溶けだせ青春

 チェーンドリンカーっていうんですかね。それとも単にカフェイン中毒って言ったほうがいいんでしょうか。私、コーヒーが大好きです。んもう、大好きなんですよこれが。なにしろ、朝オフィスに来るとまずコーヒーを入れます。入れる、といってもインスタントなんですけどね。湯沸かしポットにお湯を沸かして、カップにインスタントコーヒーを適量入れて、お湯を注ぐ。実に簡単。お湯さえ沸いていれば一分もかかりません。以前はそうでもありませんでした。まずコップを洗わないといけない。スプーンもです。これが、結構な手間なんですな。なにしろ、コーヒーを飲みたいと思っているときはとにかくコーヒーが飲みたいのに、コーヒーを飲み終わった後というのはこれがコーヒーが飲みたいわけじゃありません。むしろコーヒーカップなんて見たくもないと思っている。そんなときにカップだの、スプーンだのを洗えますか。洗えない上に洗えないし洗えもしません。そういうわけで、これは面倒な作業なのですよ普通は。

 ところが。ところがです。あるとき気がついてしまったのですよ。こういうことは全て省略が可能なのです。スプーンはまず、いりません。お教えしましょう。カップにですね、最初にインスタントコーヒーの粉を入れます。その後、上から注ぐお湯にコツがあるのです。

 といっても世の中うまい話ばかりじゃない。まずは失敗したらどうなるかからお話しするのがよかろうなのであります。このお湯の注ぎ方を失敗すると、これはもう悲惨なものです。コーヒーに溶け残りができてしまうのです。ああ、哀れ、貴重なコーヒータイムがダマコーヒータイムになってしまいました。コーヒータイムは豊かですがダマコーヒータイムは哀れです。一口ごとに、苦かったり味がしなかったり。粉が溶けないまま口に残るほど哀れなことはありません。そうですね、こう例えてもいい。カレーを食べてますね。中に具がいろいろ入っています。あ、肉だ、とあなたは思います。よしこれ、とっておき。ザッツ肉。オレの人生、アタシの魂。で、最後まで残しておいたそれを、いよいよご飯の最後の一口と一緒に食べようとして、口の中に入れてから、気がつくのです。これは肉じゃない。溶け残ったカレールーだ。

 そんなダマコーヒータイムを避ける道は一つしかありません。簡単なことです。お湯を注ぐときにえいやっと注ぐのです。えいやっ、です。とりゃっ、でもいいです。どぐぁっ、は行きすぎかもです。なんにしても、ここで迷いがあってはいけません。ありますか、迷い。悩んでますか、人生。ここだけの話、私は悩んでいます。しかしこのときばかりは、いいじゃんいいじゃん、人生なんて忘れることにしましょうよ。今はコーヒーコーヒーホットコーヒー。ポットのポンプボタンに力を込めて、えいやっと。ざーっと。どーっと。それっ。

 あ、やりましたか。ああ、わかりますわかります。がーっと注ぐと、手にお湯が跳ねます。熱いです。というより痛いです。キリをもみ込むように痛いです。我慢です。カップをほうり投げてはいけません。あとで掃除をするのは、あなたなのです。だいいちコーヒーがもったいない。カップだって割れるかもしれません。そうしたもろもろを考えて、放り出さずに済むのが大人というものです。そういえば、熱いものを持って指が熱くなったとき、耳たぶを触るでしょう。触りますか。触る。ではあなたはいいです。触らない。あなた、そうあなたちょっと、今度、本当に熱かったときに一度やってみてください。耳たぶを触ると指が痛くなくなります。絶対驚きます。本当ですって。

 さて、スプーンも使わず、無事コーヒーが入りました。そういえば、このコーヒー、何を飲んでますか。私は、ネスカフェゴールドブレンド。いろいろ飲みましたが、これが一番ですね。エクセラはどうも、イマイチ苦味がきついような気がするのです。それに、上のようにでーっとお湯を注いでいるのに、どこか本質的に溶け残りができるような気がするのです。水面に浮かぶんですね。これは困ったものです。私、思うのですが、これはやっぱり粉の粒子が細かいのがよくない。アイスコーヒーを作る場合はともかく、この場合はゴールドブレンドみたいに大粒になっているほうがよいようです。ところがしかしおっとどっこい、今飲んでいるのが何かというと「いつものコーヒー」なのです。あ、笑いましたね見知らぬお方。本当にそういう名前のコーヒーがあるんですよこれが、セブンイレブンに売っているのですこれが。しかし、私はこれを買うとき、ちょっと負けたような気分になりました。なんとなく、面白くないダジャレに義理でツッコミを入れたような、そんなうら寂しい気持ちに。言わせてもらうと、セブンイレブンって、そういうのが多いのです。

 何か話があちこちに飛んでおります。ズレにズレております。読み返しながら読んで下さい。私もそうやって書いてます。ええと、なんだ。コーヒーが入ったのでした。次は当然、入ったコーヒーと、至福の一時です。目の前にある仕事は、ペンディングですね。一端停止ですね。一時棚上げですね。なにしろ、ここにコーヒーがあるのに仕事なんてしてられるもんじゃありません。あいや間違った。仕事は続けています。そりゃそうです。業務時間中ですから。でも、ときどきは頭を休めて張りつめた神経の手綱をそっとゆるめる、そんな時間があったっていいじゃないですか、ねえ。いや待てよ、いいじゃないか、ではないですね、むしろないといけない。無くてどうする。そうですそうです、こういう時間がクリエイティブな発明を産んだりもするのです。大手を振って休憩です。コーヒーです。飲みます。

 飲みました。無くなりました。というわけで、冒頭にあなたに提示した謎のあと半分です。探偵は登場人物を集めて謎解きです。先生は生徒を集めてコタエ合わせです。読者は袋とじを切り離して中を読みます。これだけ盛り上げておけば大丈夫でしょうか。大丈夫かもです。では書きます。いかにカップを洗わずに済ますか。簡単です。もう一杯コーヒーを入れればいいのです。ずっこけない。そこ、ずっこけない。そっち、私語は止める。私語は止める。先生はあと一つお話しをしたら止めますから、集中。はい、カップを洗わないで済ますには、もう一杯コーヒーを入れればいいという話でしたね。考えてもみて下さい。カップの底に残っているのはなんですかそうですコーヒーです。今から入れようとしているのは何ですかそうですコーヒーです。この両者に違いはありますかありません。もうお分かりですね、コーヒーの上にコーヒーを注ぐのですから、洗う必要はないのです。雑巾をピカピカになるまで洗濯する人はいませんね。なんか良くない例を引いてしまったような気がしますが、いいことにします。そういうことです。これでコーヒーカップは洗わずにすみます。

 というわけで、二杯目のコーヒーとともに至福の一時です。それにしても、よく思うのですが、何だって私、こんなもの飲んでるんでしょうね、うまいもんでもないのに。え、そうですとも。こんなもの、どこがおいしいものですかニガいばっかりで。ねえ、あなたもそう思うでしょう、見知らぬお方。


トップページへ
▽前を読む][研究内容一覧へ][△次を読む