内密に願います

 巨額の公金に関係する職業についていて、たまたまその幾らかを誰にも気づかれずに使い込むことができるとする(少なくともしばらくの間)。何に使い込むのが一番賢いだろう。

 使い込める額にもよると思うが、大きく分けて二つあると思う。形に残すか、残さないかである。実際に横領を働く盗人がやることは、たいてい後者であろう。「一晩で百万円呑んじまった」というような豪遊をしたり、ギャンブルでスったりするような使い方だ。よく強盗や空き巣犯が捕まると「遊ぶ金欲しさに強盗を働いた」「盗んだ金は競輪などの遊興費にあてていた」というような報道がされるが、悪銭身に付かず、犯人の一瞬の快楽と引き替えに公金は泡と消えてゆくわけである。

 ところが、最近しきりに報道されている、外交機密費の横領事件だが、これが前者、形に残る使い方であった(と報道されている)から、私は少し驚いた。横領した公金で、犯人はマンションを購入したり、競走馬を購入したりしていたとのことで、競走馬というのがギャンブル臭くはあるものの、どちらも一応、財産として後に残るものである。自分の本来の収入に見合わない、そういうカタチに残るものを買ってしまうと、周囲から疑惑のまなざしで見られるのはどう考えても避けがたいと思うのだが、生来堅実な犯人なのかもしれない。

 このように犯人が盗んだお金で換金可能なものを買っていれば、横領した金の幾ばくかは取り戻せるわけで、発覚後横領先に与えるダメージは「横領した金は競馬でスってもうありません」という場合よりいくらか少なくて済む。だからといって減刑されるとは思えないが(それとも、罪が軽くて済むのだろうか)、使った公金を返還するよう訴訟を起こされた場合、返済の足しになるのは確かである。豪遊することと、パソコンだか車だかを買うこと、どちらも本人にとっての「楽しさ」は似たようなものであり、だからしてやはりあぶく銭でも後に残るものを買ったほうがいい気がする。

 こうして考えてゆくと、原理的には、横領したお金で土地を買ったら地価が暴騰して大儲け、という場合もあり得るわけである。盗んだ公金をぽんと返してお釣りでもうウハウハ、というような場合、どういう扱いになるのだろう。刑事罰を受けるのは避けがたいとして、しかし耳をそろえて利子まで付けてお金を返却した場合、残ったお金は、本人の資産になるのだろうか。それとも、盗んだお金が無ければ儲けも生じなかった、という理屈で、全額没収になるのだろうか。「四角い仁鶴がまあるう収めまっせ」のバラエティ生活笑百科に聞いてみたい気がする。

 さて、私という人間は、この三年間ほど、余暇を利用してこの「大西科学」を書いてきたわけだが、本業の方に締め切りのある仕事を抱えていて、しかも締め切りを過ぎているような場合、このページの存在が重荷になることがあった。仕事もあるのに、何をやっているのだおまえは、というわけである。

 周りの人間には、こんなページを作っていることを内緒にしておけばいいようなものだが、私の知人は、どちらかというと「この人にはこういうおもしろい所があるんですよ」という善意でもって私を知る他の人に伝えてしまう傾向があるらしく、同僚はおろか、上司にまでおおむね知れ渡っているという、たいへんマズい事態になってしまっている。本来やるべき仕事を放り出してこちらに心血を注いでいるというわけでは決してないのだが、それでも仕事が遅れることはあるわけで、そんな時にこのページを参照されるのは身を切られるほど辛い。

 これが盗人の論理であることは承知の上で、思うのである。自分の趣味が、こういう形に残るものではなく「一杯飲み屋で焼酎を痛飲する」とか「テニスで汗を流す」という類のものであればどんなに良かったかと。考えてみれば、そういう後に残らない趣味と、時間の使い方としては何ら変わるところはないはずなのである。不公平ではないだろうか。自分の使ってきた時間が形に残り、世界に公開されているという意味で「自分のホームページ作成」とはほかに類をちょっと見ない、なかなか恐ろしい趣味である。

 だからといって後悔しているかというと別にそういうことはないのだが、時々ふと「盗んだ金でマンションを買った」よりももっと悪いことをしている気がしないではない。マンションは売って幾ばくかの返済資金にすることができるが、このページは閉鎖すると、もうあとには何も残らないのだ。

 というわけで、みなさまにお願い。どうか、内密に願います。


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