喜んでいる。とても喜んでいるのである。
人は、顔の表情、足取り、動作から、時には電話の声だけでも、相手の嬉しい感情を見いだすことができる。手紙からも、書いた人の喜びが透けて見えることがある。携帯電話の上でやり取りされるような、短いメールにもいっぱいに喜悦がつまっていることもある。しかし、牛乳パックから喜びが伝わってくることは珍しい。しかし、この「福ちゃんデンマークのむヨーグルト(うまい!)」のパッケージから伝わってくるものは、隠しきれない感喜以外の何物でもないのだった。
この飲料は、福島乳業が開発し、発売した一リットル入りの紙パックの「飲むヨーグルト」である。種類別では「はっ酵乳」と気合いの抜けるような名前で呼ばれる甘酸っぱい乳飲料である。まず「福ちゃんデンマークのむヨーグルト(うまい!)」というネーミングからして、既に嬉しい。「うまい」というのは商品名にフキダシをつけてその中に書いてあるのだが、さらに(おそらくは)ブランド名である福ちゃんだけでは不安だったのか「デンマークのむヨーグルト」と強調しているのだった。ただの「飲むヨーグルト」ではないのである。
なぜデンマークかというと、酪農の国デンマーク産のビフィズス菌、アシドフィラス菌、サーモフィラス菌を空輸して生産していることをもってデンマークであるらしい。私など浅学非才にしてデンマークが「酪農の国」であることを知らなかったのだが、少なくとも「インドカレー」「スイスチーズ」等と並んで数少ない「商品名の頭につくとおいしそうに見える国名」の一つではある。だって(英国の方には失礼ながら)「イギリスヨーグルト」では食べたいと思いますかあなたは。
しかし「福ちゃんデンマークのむヨーグルト(うまい!)」の喜びの中心は「デンマーク」ではないのだった。ましてや「うまい!」でもない。一見何の変哲もない容器のデザインに、喜びの焦点は像を結ぶ。パッケージの絵柄の上部に、本来のロゴを押しのけるようにして大きく、円の中に万歳をした人間のマークが標示されているのだった。厚生労働省許可、特定保健用食品。この、あくまでも大きく、あくまでも黄色く示されたマークこそ、福島乳業の喜びの源なのだった。
厚生労働省のホームページには、特定保健用食品の定義として「特別用途食品のうち、食生活において特定の保健の目的で摂取をする者に対し、その摂取により当該保健の目的が期待できる旨の表示をするもの」とある。分かりやすい文章ではないが、要するにたとえば「特定保健用食品に『本品でカルシウムが採れます』とあったらそれを信じてよい」ということだろうか。さほど高い目標であるとも見えないが、お役所のこととて、やはりマーク掲示の許可を得るには並大抵でない努力が必要なのだろう。その許可をパスし晴れて許可を得た「福ちゃんデンマークのむヨーグルト(うまい!)」。やはり喜びを示さずにはいられなかったようである。
最大の喜びは何と言ってもパッケージ側面「ご案内」にあふれている。箇条書きで消費者に向かって訴えかけられている文章には、まず「特定保健用食品(特保)」とそのマークの説明があったあと、2として、こうある。
2.おかげさまで21世紀早々1月18日、許可証が届きました。
短い文章に、素朴な喜びが素直に表現されていて、さわやかな感動を誘う。「某月某日に許可されました」ではないのである。福島乳業は、ここで普通それほどは意味がない、許可証が届いた日を書いてしまう。なんだか「まだかなまだかな」と毎日ポストをのぞき、郵便配達のバイクの音に慌ててチェックしにゆき、まだ届いていないとがっかりし、郵便事故でもあったのではないかと気をもむ、そんな純情を感じさせる。こんなことを書く人はいい人に決まっている。さらに、3としてこう続く。
3.女子大生、老人施設、一般の方々、約100名の皆様にご協力いただき、1年かかって証明しました。
特保(なんだかややこしくなりそうな予感のする略語だ)を得るのに一年もの実験期間が必要であることに驚くが、ここで注目すべきはやはり「女子大生」であろう。「大学生」でよさそうなものをこう書いてしまうこの嬉しさ。女子大生(最近あまり聞かない言葉であるような気はするが)に効くのであるから我々にも効くはずだ、というわけでもないだろうが、確かにわざわざ「女子大生」と書かれるとなんとなく厳密な実験であるような気もしてくる。
4.特保許可菌(ビフィズス菌−FK120・通称「福ちゃん株」)は、生きたままおなかに届き、おなかの調子を良好にします。
くどいことながら、せっかく許可を受けたのですから、お許しをいただきましてもう一度言わせていただきます、と感極まった感のあるこの言葉。「福ちゃん株」こそが「福ちゃんデンマークのむヨーグルト(うまい!)」に特保をもたらした張本菌なのであろう。ブランド名を付けて可愛がる気持ちもわかる。偉いぞ福ちゃん株。君のおなかの中にも、ビフィズス菌−FK120・通称「福ちゃん株」が生きている。
5.ふくしま山麓から生産される新鮮な生乳100%仕込みです。
ここで少し疑問があるのだが、この「ご案内」枠の外側に「生乳93%以上使用」という表示がある。93%という数字が妙に細かいのに「以上」となっていることなど、この表示自体にも疑問なしとはしないが、それより上の「100%」との間になにやら矛盾点があるような気がひしひしする。いいのだろうか。たぶん、使った生乳は100パーセントふくしま山麓産、ということではないかとは思うが(そんな表現アリか)、100%は93%以上だからいいのだ、と言われればそれもそうかと頷かざるを得ない。かように清濁併せ呑む5番を飲み下すと、添加物が少ないことを謳った6を抜かして、その次には、こうある。
7.この商品の誕生は1998年10月1日で、すでにたくさんの皆様にご愛顧頂いております。
おっとっと、許可をいただいたのは最近だけど、だからといって歴史が浅い飲み物と思ってもらっては困るぞ若造、というわけである。「特保なんてそんなわけのわからないものを飲むのは不安だわ」「菌と書いてあるぞいいのか菌なんか飲んで」という人に向けて、慌てて付け加えておいたのだろうか。喜びの中にも一抹の疑問を覚えた我々に、福島乳業はだまってこう付け足して「ご案内」を締めくくる。我々もだまって鑑賞したい。
8.「デンマーク」のネーミングは、その国旗と共にデンマーク大使館の承認を得ております。
さて、こんなにも素晴らしいパッケージに入って消費者の元に届けられる「福ちゃんデンマークのむヨーグルト(うまい!)」、もはや中身のことなどどうでもいいようなものだが、甘さを押さえ目にした「飲むヨーグルト」として、飲みやすく、かなりの高レベルの味で楽しませてくれたことを末筆ながら書いておかねばなるまい。特定保健用食品としては「1日あたり100ml(コップの約半分)を目安とする」のに、結局三杯も飲んでしまった。ただし「お好みにより目安量以上お召し上がりいただけます」とのことなので安心しよう。
ただ一つ残った問題は、この「福ちゃんデンマークのむヨーグルト(うまい!)」、扱い店が少なく、福島県立医科大学の付属病院の売店以外でどうしても見かけない、ということかもしれない。ああ、「福ちゃんデンマークのむヨーグルト(うまい!)」。再会への道は、果てしなく長い。