1月33日の2月ちゃん このエントリーを含むはてなブックマーク

 結局、二人はアパートに戻り、一つの部屋で寝た。主人公が止める間もなく、2月ちゃんが台所に立って手早くごはんを作ってくれたのだが、それが巻き寿司だったので主人公は驚いたような納得したような不思議な気持ちになった。あと、煎った豆も添えてあった。

 主人公は、2月ちゃんに一組しかない布団を譲って、こたつで寝たのだが、朝起きたら隣に2月ちゃんがいたのでびっくりする。
 うわ。
 主人公は小さく悲鳴をあげた。
 なんかとなりにいる。
 その上、自分のわきのあたりで丸くなって寝ているのだ。
 どどどど、どうしよう。
 既に夜も明けていて、今さらどうもしようがないのであって、腕を凍りつかせたまま、寝顔を見ているうちに2月ちゃんは起きた。もぞもぞ起き出した2月ちゃんは、こう言った。
「おはようございまふ」
 主人公の、だぶだぶのスエットの袖で目をこすって、2月ちゃんは言う。
「もう朝でふか」
 違う。違うからもっと寝てて。いやそういう意味じゃないけどあのその。
「わかりまひた。もう私、眠くてねむくて。春眠暁を覚えず、でふねえ……」
 と言うと、2月ちゃんはおこたで、またすうすう寝息を立て始める。
 2月は春じゃないよな。
 と主人公は思ったが、そんなことはどうでもいいのだった。

 寝ている2月ちゃんを布団に残し、主人公はテレビをつけたり、携帯電話で確認してみたりしたが、昨日と同じだった。いや、昨日とはちょっと違う。つまり今日は明けて「1月33日」の朝である。この部屋だけそうなっている可能性はないかなと、近所のコンビニに行こうと思うが、窓の外の雪景色を見ているうちに、まあいいかと思い直す。
 主人公はこたつに入って(ちょと考えて、2月ちゃんの反対の側にした)ノートを取り出すと、シャープペンシルを握った。だいたいルールが飲み込めてきた気がする。
・よくわからないが、毎月その月のかみさまみたいな人がいて、その人がその月をはじめている。
・つまり、この子は本当に2月である。
・もしタイミングよくそうしないと、たとえば2月がはじまらなくて1月がずっと続く。
・1月はさむらいみたいな人であり、刀を持っていて大変怖い。
・1月さんは、2月が来ないとたいへんなことになる、みたいなことを言っていた。
 ばかな、と主人公は頭をかきむしる。そんなばかな。ありえない。こたつの向こうに身を乗り出して見ると、2月ちゃんはまだ、すうすう寝ているのだった。主人公はこたつの中を、そおっと覗いてみて、顔を赤くして、すぐ止める。足があった。幽霊じゃない。

 そんな幽霊はいまどきいないと思うし2月ちゃんは別に幽霊ではないだろうが、何か納得した気がした主人公は、2月ちゃんを揺り動かす。やはり、聞いておかねばならない。
「起きて、2月ちゃん」
「……え、あ、あの、やっぱり豆はぶつけるものじゃなくて食べるものですよね。豆をぶつけられたらどんなに痛いか、みんな知らないんです……」
 知らないよ、と主人公は思ったし、その話なんかもっと聞いてみたい気がしたが、とにかく起こす。でないと話が進まない。
「いいから。起きて」
「……ふぁい?」
「起きてってば。聞きたいことがあるんだっ」
 ぼうっ、とした顔で起き上がった2月ちゃんは、
「は、はい。はっ、起きました。いま起きました」
 2月ちゃんは、か、顔洗ってきます、と言って洗面所の方に立とうとするが、主人公は呼び止める。
「このままだと、どうなるの?」
「えっ、何がですか」
「いや、昨日『1月』って言う人も言ってたろ。このままだとさ」
「あ、あの。私寝ぼけて変なこと言ったかもしれませんし、それに顔を洗わないとよだれとかついているかもしれないし」
「えっ、ついてないけど、いや、そうじゃなくて」
 と主人公は思わず言う。
「あの、あんまりお布団が寒くて、おこたを見たら本当にあったかそうで、あの、おこたって大発明ですよね。世界中におこたを配ったら戦争なんて起きないと思います」
「うん、そうだね」
 思わず主人公は納得する。
「じゃ、顔を洗ってきますね。ぴゅー」
 と2月ちゃんは自分で擬音を入れながら、行ってしまった。
 主人公は腕組みをして考え込む。その代わりGDPとか鉱工業指数とかなんかそういったようなものがガタ減りする気がした。あと、地球が温暖化する気がする。

 とにかくまだ1月なので、これは遊ぶべきだ、という結論に達した主人公と2月ちゃんは、洋服屋さんに買い物にゆく。実は2月ちゃんは寝るための服などをぜんぜん持っておらず、それどころか着替えも持っていなくて、あのふわふわの白いコートの下は白いセーター、シャツ、下着、というところなのだが、どこで切っても部屋着ということにはならないので、昨日は主人公のだぶだぶの部屋着を借りて寝たのだ。そうなるとやっぱり専用の部屋着を買ったほうがいいよね、ということになるし、あと着替えもあったほうがいい。1月に追われているなら、なおさらちょっと変装じゃないけど違う服を着ていたほうがいい。
「そういえば、1月兄さまは着たきりですけどね。着流しっていうらしいです」
「いや着流しって、そういう意味じゃないよね」
 などと言いながら主人公と2月ちゃんは雪が残る街を歩いて、いろんな店を冷やかして歩く。

 そういえば、と主人公は思う。遊園地もそうだったが、せっかく東京にやってきて、こういう買い物とか、食事とか、そういうのとはまったく無縁だった。なにしろたった一人の親に負担をかけている身である。受験が終わるまでは、いや、大学に合格するまでは、と我慢していたのだ。
 いや、もともとファッションにうるさいほうではなくて、主人公は故郷の街でもなんかユニクロとかせいぜいちょっと遠いアウトレットモールとか悪くするとイオンの洋服売り場とかそういう所で買った服を着ているのだが、それだけにかえって、こういうのは新鮮である。同じ服の店でも(主人公にとってはこういうのは全部『服の店』である)、母さんと来るのとは、違うんだなあ、と主人公は思う。
 なにしろ2月ちゃんは大はしゃぎである。あっち行きましょうよっ、こっちがいいんじゃないですか?などと言いながら、コートを試着したり、セーターを着替えてみたり、
「これってすっごく春らしい色ですよね? 私、だから春だいすき!」
 とか、
「ほら、冬物セールやってますよ! すっごく安い! もう春だからですね! でも買いませんよー。だって春だもん」
 とか勝手なことを言っている。いいなあ、これ欲しいなあ、とあんまり言うので、2月ちゃんに、主人公は結局、若草色のハーフコートを一着買った。部屋着は買えなかった。
「ごめん。もっと買ってあげたいんだけど」
 と主人公は謝る。
「いいんです! すっごくきれいな色。ありがとうございますっ!」
 と、2月ちゃんはコートが入った紙袋を胸にぎゅっと抱きしめて、紙袋の中を覗き込んでいる。紙袋をちょっと開けて、何をするのかと思ったら、コートにほおずりをした。
「ほら、すっごくやわらかい……」
 ほおずりをしたまま、くるくるその場で回り始めた。すっごく喜んでいる、ということは伝わってきた。
「あ、ああ。そうだね」
 主人公は喜んでいる2月ちゃんを見てそれなりに嬉しくなりながらも、自分の財布をそっと覗き込んでいる。財布に入っていた今月の生活費を、主人公は遊んだりしなかったし、食べ物でもゼイタクはしなかったので割と残っていたのだが、それをかなり使ってしまった。数日中に来月の仕送りがあるから、大丈夫だと思うのだが。

 来月?
「あっ、あれはなんですか!? バレンタインのチョコかな!?」
 お菓子屋さんの店先に、チョコがタワーのように積まれているオブジェを見つけて、喜んで先に走ってゆく2月ちゃんの後ろ姿を見送って、主人公は今気づいたばかりのことに驚いて、歩道に一人立ち止まっていた。そうか、そうだ。いろいろ困ることは他にもあると思うが、特に、自分に関して言うならば。
「来月なんか、来るのか」
 来ないのだ。2月ちゃんがあそこでチョコレートの匂いをかいでいる限り。ずっと1月で、ということは、2月なんて来ないのだ。
 主人公は慄然とする。
 そして、その場合、2月の仕送りがない。


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