エンゲルの弁明

「なんで金を払わないか」って?

 うん、そりゃ難しい。確かにこりゃ盗みだよ。それは認める。しかしね、おれが罪の意識に震えながらこれをやってるかというとそうじゃないんだな。できるからやる、というのともちょっと違う。うん、何から始めたらいいかな。

 たとえばね、徳島にあるおれの実家。その二軒となりは駄菓子屋だったんだ。歳を食ったばあさんが一人で店をやっててね。こないだ里帰りしたらまだあったんで驚いたが、あれは盗み放題だった。ばあさん、何も見ちゃいないんだから。

 しかしだ。だからといっておれが里帰りのたびに万引きをやったと思ってもらっちゃ困る。いや、子供の時何回かやったことがないとは言わないさ。子供はバカだから。でも、おれはいまとんでもなく悪いことをしてる、という意識はずっとあった。大きくなって、さあ、中学には上がってたかな。おれはもらったばっかの小遣いをその店の棚のしたにそっくり置いてきたことがある。その千円札一枚がおれの盗んだ数十円のけちな菓子よりもずっと軽く思えたのは、そりゃ、罪の意識ってやつじゃないかと思うよ。

 話がずいぶんそれたな。すまんね。まあ、要するにだ。世の中にはいろいろあるよな。悪いことなんだけど、法律上は罪にはならない、ってことがさ。駅でプラットホームにタンを吐いたり、人の家の前に車を停めてどこかに行っちまったり、でかい音のするマフラーに付け替えたり、電子メールで百万人にダイレクトメールを送ったりとかだよ。
 でだ。そういうのと反対で、法律上は罪になるかもしれないが、悪いことじゃない、というのもあるんじゃないかな。あるとしたら(あるとしたら、だぜ)、おれのやってるのは、まさにそれさ。

 だいたい、ソフトなんてのはもうひとつコピーを作るのに金がかかる、ってんじゃないんだから。おれがいくらコピーしても、べつにあっちは損してないわけだろ。そうさ。おれが使うとソフトの価値が下がっちまう、ってわけじゃないんだ。駄菓子やら文房具とおなじに考えていいものじゃない。

 いやいや、そんなことはわかってるんだ。おれたちがソフトに払った金で、次のソフトウェアが開発されるってことはね。作った奴等だって食べていかなくちゃいけない。うん、よくわかる。だがね。おれだって、気に入ったCDは買うさ。好きな作家の本は古本屋でも図書館でもなく、本屋で探す。面白そうな映画は映画館に見に行くし、すげぇソフトウェアには金だって払ってるんだ。本当だぞ。

 ええい、言っちまえ。正直な話、おれはやつらに飢えて欲しいんだ。やつらが作った「次のバージョン」とやらの顔なんか見たくないんだ。あんなくだらないソフトを作ってるやつらのケツを蹴っ飛ばしてやりたいとは思っちゃいるが、ますますのご発展なんかして欲しくないんだよ。おれを楽しくしてくれて、次のも期待できるぜ、って気にさせてくれるなら、払うさ。でもさ、人を信じて痛い目にあって、次も金を払うやつはただのバカだ。そうじゃないか。

 だとしたらだ。なあ、本当にわからないんで教えてほしいんだが、どうしておれたちは、コンピューターソフトウェアに限って、ムカつきながらも金を払わなくちゃいかんのだろうね。どうしておれたちは、嫌な思いをしたソフトの次のバージョンを金払って買わなくちゃいかんのだよ。つまらない映画の、さらに続篇を無理矢理見せられているようなものなのにさ。

 そう、誓っていうが、おれはべつにあんなソフト、使いたくもなんともないんだ。ただ、やつらが市場を独占していて、だからみんながあれを使っていて、そのソフトを持ってないとどうにもコミュニケーションが取れない、ってだけのことでね。おれの本当に使いたいソフトが、こっちのソフトを持ってないと動かないってんだから。それだけのことなんだよ。

 だからさ。もしおれに選択肢があるなら、あんなソフト絶対に買わないんだがね。買わないんだから、お金も払わない。たとえば、コピーが絶対に手に入らなかったとして、しょうがないから買うかっていうと、それでも買わないと思う。そんな金があったら、好きなCDを買うさ。文庫本でも読みながら、それを聴く。もしも普通に店で手に入れたりしたら、おれが金をだして買った瞬間に、やつらは「おれがこのソフトを気に入って買った、だからこのソフトはこれでいいんだ」と思い込んじまう。そうだろ。そんなことになるなら、世捨て人になるほうが、まだましさ。

 つまりだ。やつらがおれから金を取れる可能性はゼロなんだ。どっちにしてもね。

 うん、こんなもんかな。いや、わかってくれとは言わんさ。あんたはあんたの好きにしたらいい。でも、おれからこのソフトで金を引き出そうってのだけは、無駄なこったということを、わかってもらえりゃいい。

 なんだよ。そんな顔すんなよ。本当を言えばだ。おれはべつに、あのソフトに金を絶対に払わないっていうんじゃないんだ。そうだな、千円か、せいぜい三千円くらいまでなら、払ってもいい。そのくらいの価値はあるんじゃないかと思う。心が広いだろ。だが、今の値段じゃ駄目だ。仮におれの年収が二千万ほどもあるんなら、まあ、相対的にソフトの値段なんて安いもんだ、ってことになるかもしれないから、あんた、そのへんを当たってみたらいいんじゃないかな。ああ、つまり、高額所得者に払ってもらっちゃどうだい、ってことさ。

 ま、年収が二千万ってやつの年収が、どうして二千万もあるのか、ってことを考えたら、もしかしておれより大変かもしれないけど。なんでもかんでも構わず大金を払っていたら、いつのまにか金持ちになった、ってことじゃないのは確かだから。いや、ほんとう。これは宇宙の法則と言ってもいいと思うよ。


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