妻よ、私は麺が好きだ。
妻よ、私は、麺が、好きだ。
妻よ、私は麺が、大好きだ。
ラーメンが好きだ。
素麺が好きだ。
うどんが好きだ。
蕎麦が好きだ。
冷麦が好きだ。
冷やし中華が好きだ。
スパゲティが好きだ。
焼きそばが好きだ。
台所で、屋台で、学食で、夜店で、定食屋で、中華料理店で、コンビニで、イタリアで。この地上で食べられる、ありとあらゆる麺類が大好きだ。
竹を割った樋の中を冷水とともに次々と流れてくる素麺を、ワサビの効いたつゆで食べるのが好きだ。
ときおり流れてくる赤い素麺のひとすじを、うまく箸でとらえられたときなど心がおどる。
新宿のイタリアンレストラン「ヴェルデ」で食べる、やたらと一人前が多いスパゲティが好きだ。
生ハムとマッシュルームを巻き込んだ、フォンドボー味のスパゲティの最後の一本を飲み込んだときなど胸がすくような気持ちだった。
一面に敷き詰められたチャーシューのすき間からラーメンの最初のひとたぐりを探しだし、スープと共に口にするのが好きだ。
トンコツスープの底を、何度も何度も箸で探して、見つけたチャーシューの一切れの味など、感動すら覚える。
屋台で買った焼きそばの、薄いプラスチックの容器を開封してゆく匂いなどはもうたまらない。
割りそこなった短い割りばしで、紅生姜のひとすじと生焼けのキャベツとともに、焦げたソースのこびりついたソバをがつがつと掻き込むのも最高だ。
コンビニの小分けになった冷やし中華を、小袋を開封して自分で注いだ酸っぱいダシにつけてほぐしたのを、胡麻と青のりとあとなんだかわからない調味料たちとともにかぶりつくように口に入れた時など、絶頂すら覚える。
夜中のフェリー発着場で、汁の真っ黒なうどんを飲み込むように食べるのが好きだ。
汚いテーブルに置かれた七味唐辛子が、湿って出にくいばかりか味の面でなんの改良ももたらさないことを知るのはとてもとても悲しいものだ。
海の家の、高い割に滅茶苦茶に具の少ないラーメンが好きだ。
やる気のなさそうな茶髪の兄ちゃんが茹でたのびきったラーメンを、空腹に耐えかねてすすり込むのは、屈辱の極みだ。
妻よ。
私は麺類を、地獄のような麺を望んでいる。
妻よ。私に付き従う従順だが食事にはうるさい妻よ。君は一体、何を望んでいる?
更なる麺を食べるか? カロリーの高い、炭水化物の塊の様な麺を食べたいか?
箸をふるい、フォークを駆使して、海の幸山の幸を盛った、健康にとても悪い油を使った麺を食べたいのか?
――よろしい。
ならば、麺だ。
ところで、麺は麺でいいとしてだな。具体的にはなに食べる? 妻よ。