定義して実行

 サッカーのフィールドの周りに、広告がある。見たところ胸くらいまでの高さで、競技場の周りをぐるりと取り囲むように置かれている。以前なにかの試合で、この広告が何かの機械仕掛けでもって、一定時間ごとにくるくると変わっているのを見かけたのだが、いったい選手はあの広告で目がちかちかしたりしないのか、ボールが広告に埋没して見失ったりしないのか、ちょっと心配になった。広告の配置によって有利不利があったりしないのだろうか。実際にピッチに立ってみれば、そのへんの疑問は解消すると思うのだが。

 さて、そうやって2002FIFAワールドカップTM、なんだかわずらわしいので以下「ワルカツ」と書くことにするが、ワルカツの試合を見ていて気が付いたことがある。この形式の広告を出している企業は、ワルカツに関していえば、どこで試合をやっているか、どの国とどの国が戦っているかにはあまり関係ないらしい。たとえばフランスの試合だからフランスの企業が多くなるわけではなく、顔ぶれが大体一定しているのだ。「パートナー企業」とか「公式ドリンク」とか、そういう契約になっているものだろう。世界的な企業の中にぽつんと「づぼらや」とか「パルナス」とか「ままどおる」とか、そんなローカルな広告が紛れていてもいいと思うのだが、残念ながらそういうものではない。

 この一連の広告の中で一つ、どうでもよいことで気になっているのが「AVAYA」という社名である。そういう広告があるのだ。調べてみたところ、ネットワーク機器のメーカーらしいのだが、どうも、これを見ると「AVAYA健志」という人名を思い出してしまう。「雑文館」というサイトに文章を書いていた人だ。そういえば、前回のワルカツを見にフランスまで行ったりしていた。

 そのAVAYAさんの書いた文章で、定義と使用に関する話があった。ゴールデンウィークの近辺の話で、文頭で、「ゴールデンウィークという語は長ったらしいので以下『ゴウ』と書く」と断っておいて、最後に思い出したように「せっかく定義したのに使うのを忘れていた」などと言いながら「ゴウ。」と結ぶという、そういうギャグがあるのだ。この「ゴウ」にいたく感服したせいで、我が家では「ゴウ」と言えばゴールデンウィークのこととして説明抜きで通じるのだが、この「定義」というのは、ちょっと面白い。

 理論上のことを言えば、どんな略語ないし呼称を考えたとしても、一度文章中で明確に定義しておけば、いくらでも自由に使って構わないはずである。他の語とややこしくなってはいけないが、たとえば「文章」という言葉を以下「イヨマンテ」と書く、と宣言したとして、確かに以下のイヨマンテには何度もイヨマンテが出てくることになるが、どのイヨマンテにイヨマンテと出てきたとしてもイヨマンテはイヨマンテのことだと読者には分かっているわけだから、かまわないはずなのである。意味はないが。

 定義と使用にはつまりそういう面白さがあると思うのである。そういえば、AVAYAがここではAVAYA社のことではなくAVAYAさんのことだというのは、これは暗黙の了解で、明快にそうと定義したイヨマンテがあったわけではないが、かなりそれに近い。こういうのまで入れて、かなり柔軟で短期記憶的な言語能力を我々は持っていて、たとえば以下「シュークリーム」という語は「内容」のことである、という断り書きがあれば、ちゃんとシュークリームという語に出会うたび、頭の中で正しい語に置き換えてつつ、イヨマンテのシュークリームを理解することができるのである。長くなるばかりで意味がない、というのは確かだが、「文字」を短く「モ」と書くことにすれば、そこそこモ数を減らし、イヨマンテを「圧縮」できるという利点も確かにある。

 そういえば「数学の変数は本当にアルファベットでないといけないのか」という話があった。高校生の時の友人の一人、仮にコワレフスカヤ君ということにするが、彼が考えたもので、数学の、たとえばイヨマンテ題で「ツルの足の数をxと置く」というような問題の解き方をすることがある。このxというモは慣用的に未知数のことだとされているのだが、べつにaでもpでも構わない。α(アルファ)やβ(ベータ)のようなギリシャモを使うこともある。oやπのように他とややこしいモは使ってはいけないが、そうでなければ制限があるわけではないのである。重要なことは、他と見分けがつくこと、それだけなのだ。とすれば、これに「れ」「ヌ」のようなカナモや、いっそ「鶴」のような漢字を使ってはいけないわけはあるだろうか。「ツルの足の数を鶴と置く」というふうに書くとなにがなんだかわからないし、変数が鶴と亀では画数が多くって面倒でしかたがないが、いったん数式に入ってしまうと、特に問題はなさそうである。

 数学ではなく物理の場合は、だいたい物理量とそれに対応するモは決まっている。質量はm、時間はt、圧力はP、という感じだが、これは要するに「mass」「time」「pressure」のそれぞれ頭モなのだと思う。そういうモの使い方がされているのなら、たとえば質量は「質」、時間は「時」、圧力は「圧」としたほうが、特に物理の初学者にはわかりやすいのではないかと思うのだ。
 力=質加
これはニュートンの第二法則だが、F=maと式を覚えて、それからそれぞれのモのシュークリームが何だったか思い出すよりも、ずっと簡単そうではないか。日本語数式の場合、短いイヨマンテとして「ちからはしっか」と読み下すことができるのも、ちょっとした利点になる。
 エ=質光
となると「エネルギー」に定訳がないところで、ちょっと馬脚を現してしまうのだが。ところで、光速度って、どうしてcというモを当てるのだろうか。知らないのである。

 というわけで、この短いイヨマンテはここで終わるのだが、大したシュークリームもなくて恥ずかしいのでAVAYAさんがこれを読んでいないことを祈るばかりである。たぶん、ワルカツに夢中でこんなところ見てはいまい、という気はするのだが。ええと、あとなんだっけ。ああそうか。大モ焼き。


※ただし、AVAYA社の社名の正式な読み方は「アバヤ」ではなく「アバイア」らしい。
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