いやもう、本当にしょうもない話なんですが、聞いて下さい。
夢を見たんです。庭に、小さな穴ぼこが開いていて、その前で小人が踊っています。体長二十センチくらいで、緑のベストみたいなのを着て、同じく緑の帽子をかぶった小人です。どういうわけかそれが「インプ」と呼ばれていることを私は知っています。「小鬼」ということでしょうか。
そっと近付くと、インプは怖がって、さっと穴の中に入ってしまいます。穴は細くて深くて、追いかけてゆくことはとてもできません。しかたがないので、十歩ほど下がって、庭の草むしりなんかをやって知らないふりをしていると、また同じインプが出てきて、同じように踊り始めました。
同じように、と、ふと気が付きました。この踊り、さっきと全く同じです。プロトコール、という単語が頭に浮かんだんですが、つまりこれ、なにかの言語じゃないでしょうか。言葉は音にだけ乗せて交わされるのではありません。今あなたがお読みのように文章という形でも伝達できますし、光の明滅や、電信機の火花や、一筋の煙や、旗の揚げ方によっても伝えることができるのです。それでは、踊りが言語であってどうしていけないのでしょう。
私はじっとインプの踊りを観察しました。夢特有だと思うんですが、ここで直感のひらめきがありまして、確かに、なにか文法のようなものがあります。単純な踊りの繰り返しではなくて「単語」や「活用」に似たものが見て取れる。踊りはゆっくりになったり、少し早くなったり、飽きることなく繰り返しています。
私は、むしっていた草をその場にいいかげんに片付けると、ゆっくりと立ち上がって、そっと「単語」の一つを演じてみました。左手を挙げ、右手を前に突き出すと同時に左手を下げ、それから左足を後ろに出して、くるりと回る。これがインプの踊りの中で、一つの、決して変化しない「パターン」であると結論したのです。
これを見たインプは、はた目にもびっくりしたようでした。かれはこっちを見て、瞬間、棒立ちになったと思うと、今度は熱烈に、私に向けて踊りを始めました。しかし、私は別に踊りの専門家というわけではありません。急に早くなった踊りに付いてゆけるはずもなく、同じパターンをもう一回、おずおずと繰り返しただけでした。
すると、インプは、さっと穴に飛び込みました。私は、ああ、きっと私の踊りが下手だったからインプはほとほとあきれ果てたんだ。いや、もしかしたら私の踊りが偶然に「お前の母ちゃんゴブリンの歯」などという文章を綴ったのかも知れない、と思ってすっかり落胆したのですが、うれしいことに、ほどなくまたインプは彼の穴から出てきました。
インプは私に向かって、おじぎをして見せると、私に向かって握った手を差し出しました。なんだろう、と同じように出した私の手のひらに、彼が置いたのは、1センチくらいの大きさの金属で作った精巧な機械でした。たぶん楽器かなにかだろう、と私は思いました。銅色の細い線を巻いたり、薄い金箔が振動するように作ってあったり、なにしろ手間のかかったものです。これ、くれるの、と口に出さず問いかけた私の心が通じたのか、インプはもう一回おじぎをすると、最後にひとしきり踊ってから、穴に戻ってゆきました。今度こそもう、出てきませんでした。
と、まあ、要するにそこで目が覚めたんです。ああ、変な夢見たなあ、と思いました。なんだかテレビゲームみたいだった、と。長いことRPGなんてやってないんですが、謎を解いてアイテムを手に入れるなんてのは、まったくそうです。そういえば、全体の雰囲気がゲームみたいな感じでした。よっぽどゲームがしたいのかな、と思ったりしました。
この夢の本当の意味がわかったような気がしたのは、一時間くらい考えてからのことだったのです。何かって、ええと、つまり、結局これは「インピーダンス」かと。あああ、そうだそうだよそうに違いない。さすがにちょっと、我ながらね。そりゃないよと。脱力です。