ムーブメントは日本製

 今回はクレーンゲーム、いわゆるUFOキャッチャーに関する話なのだが、まずは注意書きである。プラモデルやキャタピラ、あるいはラジコンやマジックテープがそうであるように「UFOキャッチャー」が登録商標であることは、私がいくらぼんやりしているといっても、なんとはなく気が付くことだ。「UFOキャッチャー」と書いた場合本当の本当に「UFOキャッチャー」であるのかどうか、商標保持者の考案したものに似せて作った他のメーカーの同じゲームではないかという不安が残る。

 しかし「UFOキャッチャー」と書く代わりとしての「クレーンゲーム」では、うまく言えないが「UFOキャッチャー」に比べていかにも貧相な感じがするのである。宅急便のかわりに宅配便、エレクトーンのかわりに電子オルガンと書くときの感じと同種のものだ。携帯電話のかわりにPHS、阪神タイガースのかわりに関西の某球団等と書く感じとも似ている。まあ、UFOユーフォーと書くのも変といえば変なので、以下断腸の思いでクレーンゲームと書くことにするが、とにかくゲームセンターにあるゲーム機の一つで、クレーンをボタンで操作し、景品を吊り上げて手に入れる、あれといったらあれのことだ。

 訪れた温泉旅館の大浴場の近くでこのクレーンゲームを見て、私は思わず足を止めた。ぬいぐるみと思ったら大間違いで、昨今はクレーンゲームにいろんなものが入っている。生きたエビやカニが取れるものなんかは有名だが、一度うかうかと「うさこちゃん柄のコップのセット」などとというものを取ってしまい、旅先なのでどうしようもなくなって同行の方に差し上げたことがある。なんだか、嫌がられたような気がする。

 そうだ、私はコップを取ったことがあるのだった。どうも、漠然とした印象として、この手のゲームをやって、私は「取れなかった」ということがほとんどない。勝率百パーセントとはいかないけれども、十回やって八回成功するとか、そのくらいの成功率だ。もちろん、私ごときがクレーンゲームの操作に関して天賦の才があるとはどうしても思えないので、これはそもそも自慢すべきことではないのではないかと疑っている。つまり、本当は取れてあたりまえ、ちゃんと見ていないだけで他のプレイヤーもそれくらいの成功率なのだろう。よく考えてみれば、ぬいぐるみなど、本当は百円で買えて嬉しいものでも、ないのだ。

 さてその温泉旅館のクレーンゲームの、普通はぬいぐるみがあるフィールドに置かれていたのは、腕時計、目覚まし時計、ライター、オペラグラス、というようなものだった。グリコのおまけで言うところの「男の子向け」のクレーンゲームである。そう書いてあるわけではないが、たぶんそうだ。

 なぜ足を止めたかというと、そのクレーンゲームのフィールドの端のほうに置いてある、鈍く銀色に光る腕時計が、いかにも取れそうな位置にあったのである。いや、あったのだが、それだけなら手は出ない。私は旅先で、うっかりと家に腕時計を忘れてきてしまっていて、いくぶん不便な思いをしていたのだった。そうだ今、私は腕時計が欲しい。でもって「とってくれ」といわんばかりの時計がそこにある。私は腕時計をじっと見た。これが百円で手に入るなら安い、ような気がする。狙った時計は、ちょうど時計屋のショーケースに並んでいるように、こちらに文字盤を向けるかたちで置かれている。

 見ていると、ますます取れるような気がしてきた。むしろ、取れない理由が思いつかない。時計の置かれた角度からして、バケットはうまく腕時計をすくえると思うし、たとえそうはいかなくても、時計の機構部分を挟むことはできそうである。周囲にも障害物になりそうな他の品物もなにもない。これを誰も取っていないというのは、単に「賞品補給以来まだ誰もこのゲームをやっていない」ということなのではないか。私はポケットを探った。運良く、なにかの釣り銭の百円玉が一枚、出てきた。どうしよう。

 悩んでも百円分である。私はまわりに誰もいないことを、なぜか確認しておいて、スロットに百円玉を入れた。「温泉旅館のゲームコーナー」なりの静かさだったところに音楽が流れ始め、装置の周囲の電燈が明滅をはじめる。私はもういちど、またなんとなく周囲を見回すという不審なふるまいをしておいて、装置に向き直った。クレーン機構は普通の「横移動ボタン」「縦移動ボタン」で、順に各々一回きり、押している間だけ移動、離すとそこで停まり、あとはクレーンが自動動作して、取れても取れなくてもゲーム終了だ。

 私は横移動ボタンをしばらく押して、離した。それから、装置の横に回りこんでから手を伸ばし、縦移動ボタンをしばらく押して、離した。音楽がアップテンポに変わり、クレーンがゆっくりと下降する。私は百円なりに固唾を飲んで見守る。爪が腕時計全体をはさもうとして、滑って、しかし文字盤のところに引っかかって、そのまま時計を持ち上げた。おおっ。

 クレーンは時計を挟んで、ゆらゆらとわずかに揺らしながら取り出し口の上空に運んだ。爪はがっちり文字盤を挟み込んで、大丈夫外れる気配はない。いいぞいいぞ、いぞいぞと見守る私の目の前で、見事にクレーンは腕時計を取り出し口上空に運んで、そこでふたたび爪を開いた。いぞいぞ、もう大丈夫。

 あっ、と思った。取り出し口から、がちん、と硬い音。取出し口のかなり上空、クレーンから、ダクトを通ってかなり下方、取り出し口の床まで、私が取った腕時計はまっさかさまに落ちたのである。確かにぬいぐるみなら、これでいい。しかし時計にそんなことしていいのか。うぐふう。

 私は取り出し口を開いた。そこに落ちている時計を、取り出して見てみる。私はもう一回、うふう、と変な声を出してみた。案の定、時計の文字盤の周りの金属の輪のところが、大きく傷付いているのである。いや確かに、使えない、ということはない。だいたい、こういう賞品というのは現状渡しの保証なしなのである。しかし、ああ、もしかしてそういうことで、みんなこれにチャレンジしなかったのだろうか。

 私はもう一回周囲を見回してみた。にぎわっているはずの旅館で、しかしこの一角だけには依然としてほかのお客がいなかった。私はとった時計を腕につけてみた。バンドが緩すぎて、調整しないとならないが、工具がないとどうにもならないようだ。ますます使えない。文字盤の「QUARTZ」「JAPAN MOVT」という表示が、やけに誇らしげで、憎らしげな、そんな夜が、私の腕で一秒また一秒とふけてゆくのであった。


※文中の商品名は各社の登録商標です。特に「UFOキャッチャー」はセガの登録商標です。
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