「イスト」にはちょっと格好いい響きがある。
イストというのは、この場合トヨタの一車種なんかではなくて、英語の接尾語であるところの「-ist」、エコロジストとかタイピストのイストである。なんとかをする人、とか、なんとか主義者、とか、そういう意味だ。ここで主張したいと思っているのは、ほかの接尾語、ハンターやドライバーの「-er」とかアメリカン、テクニシャンの「-an」とかジャパニーズチャイニーズの「-ese」などに比べても、なんだかイストが格好いい、そういうことである。
今挙げた接尾語は、どれも意味は似たようなものだ、と思う。ちゃんと調べればよいのだし、知っている人に聞きさえすれば両者の違いや使い分けをスパっと教えてくれそうなものだが、今の知識と経験において素朴なところを書くと「-er」と「-ist」など、あまり違いがあるように思えない。ただ、この両者の語感は全然違う。たとえば、
トランペット奏者:トランペッター
ピアノ奏者:ピアニスト
を比べるとどうか。金管楽器奏者の皆様には、まったく含むところはないながら、どうにも、なんというか、言いにくいが、トランペット奏者は、人生を深刻には、ええとその、考えていない感じがする。ええ、ままよ、ここまで書けば同じなので思い切って、なにしろペッターだ。たとえばの話、あなたはペッターに悩みを打ち明けに行くか。私はニストのほうがよいと思うがどうか。
上のトランペットの例のように「楽器はイスト」とは決まっていないらしく、あまり法則性があるようにも見えない。四人編成のバンドでは、
ボーカリスト
ギタリスト
ベーシスト
ドラマー
であり、どうもここでは、ドラマーだけ一段低く見られているような、いやそんなはずはあるまいが、そんな感じがするのである。ウルフルズにおけるサンコンJrである。いや含むところはない。もう少しアカデミックに、
数学者
物理学者
化学者
生物学者
この中では数学者が一番格好いい、というか、一番頭がよければなれないような(少なくとも頭が良くないと職業数学者として食べては行かれないような)感じがするのだが、こうである。
マセマティシャン
フィジシスト
ケミスト
バイオロジスト
すっかり調子にのって無責任な印象を書くが、これでは、朝もシャンプーする感じである。シャンプーと同時にリンスもできてしまうのだ。そんなマセマティシャンではないか。
以上には本当に何の含むところもないのでトランペット奏者およびドラム奏者および数学者の皆様には伏して許しを乞い願うばかりであるが、以上のように、イストというのはちょっと格好いい、同じことをやっていてもラーとかシャンより深刻そうなことをやっているような、そんな言葉ではないかと、私は考えたのであった。時は仕事時間、場所はオフィスの自分の席、パソコンのモニタの上。やってきたメールの件名に、こうあった。
ネジリスト
どんな人だろう。本質として、彼または彼女は、ねじるのである。漢字で書くと、捻るのである。ねじるのだが、非常に専門的な見地からねじる。他人からはネジリストの大西さんです、と紹介される。ねじるなら大西に任せとけ、なにしろあいつはネジリストだからな。きっと見事にねじり切ってくれるさぁ。
イストの魔法はほんの一瞬私をつつんで、そして消えた。送られてきたのは、ネジのリストである。