手の甲の大の月

 知らない人には説明してもなんだかわからないとは思うのだが、NHK教育で「にほんごであそぼ」という幼児向け番組があると思われたい。ゆとり教育により軽視されてきた文章の暗誦を見直し、文化背景としての日本語文を取り戻そう、というような感じのねらいがある、と思うのだが、そういうわけで「名文を暗記する」というのが番組の一つのテーマである。繰り返し、いろいろ工夫された映像やフシをつけて「草にすわればそれがわかる」とか「まだあげ初めし前髪の」とか「からまつはさびしかりけり」といったフレーズが出てくる。この前、朝早くひとりで起きた娘が布団の中で「アラユルコトヲ ジブンヲカンジョウニ入レズニ」と唱えていたのでびっくりした。

 そんな「今日の名文」の中に、こんなのがあった。
「にしむくさむらい」
果たしてこれが名文の名に値するのか、いや厳密な意味で日本語文と言えるかどうかからして疑問なしとしないが、聞いてみたらこの短文の意味を妻が知らなかったので、一応説明しておく。これは「小の月」の覚え方である。二月、四月、六月、九月、十一月。最初の四つが「ニシムク」で、十一をタテに書いて「士」、これをサムライと読む。

 それにしても妻である。これを知らない場合、今月が小の月かどうか、どうやって判断するのか。二月と四月と六月と、とベタに覚えるのか、あるいはそもそも暗記などせずカレンダーをいちいち参照するハラか、と思って聞いてみたら、ちゃんと代わりの覚え方はあるのだそうである。

 まず左手で握りこぶしを作る。

 右手の人差し指の先で、左手の人差し指の付け根の、関節の出っ張りのところを指して、一、と数える。

 次に左手の人差し指の付け根と、中指の付け根の間を指して、二。その次は中指の付け根を指して三。

 以下同様に七まで数えたら、八はもう一度、小指の付け根である。ここで引き返す。

 九は小指と薬指の間、十は薬指、と数え、十二が中指で、おしまいとなる。

 これがどうして大の月小の月の覚え方になっているかは、こうしてみるとほとんど自明という気がするし、知らなかったのは私だけだったりすると恥ずかしいのだが、がんばって書く。こうして数えると、関節に当たる月が「大の月」、指と指の間に当たる月が「小の月」なのである。嘘みたいだが本当だ。

 ちょっとしたことなのだが、私は小の月がこういう簡単な法則性に沿って並んでいるとは夢にも思ったことがなかったので、度肝を抜かれた。いちいち数えなければならないわずらわしさはあるが、非常に単純で、一度やってみると忘れない。語呂合わせで、にしむくさむらい、と覚えて、それでよしとする立場からはちょっと見えてこない法則である気がする。

 惜しむらくはこれは別に日本語ではないので「にほんごであそぼ」に取り上げられることはたぶんない。それに、文章でこれを表そうとすると煩雑になり、他人に伝達しにくいのは難である。しかし、上の絵さえ見せれば世界中どんな人にでも理解してもらえるというグローバル性、そして教えるときに相手の手を合法的に握れるという素晴らしさ(なにが素晴らしいかというと、特に合コンのときなどに)があるので、なにかの役に立つのではないかと思い、ここに書いておく次第である。


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