世界地図のダビデ

 子供の頃、親に「日本地図パズル」というのを買ってもらったのだが、なにが気に入ったのやら、これで延々遊んでいた時期がある。日本地図を都道府県ごとに分割したプラスチック製のパズルで、各都道府県の名前と形、配置、それに県庁所在地の名前などが覚えられることになる。淡路島は兵庫県にくっついていて、沖縄県は沖縄本島だけ、北海道は例外的に支庁ごと別ピース、などというディテールを思い出す。これで遊んだおかげで、今も県の形を見せられるだけでそれが何県か当てることができる。鳥取県と言われるとだいたいの形を絵に書ける。あまり発揮する機会はないが、特技である。

 なんだかんだ言って、このときの知識は人生においてそこそこの役にたったように思うので、子供にも買ってやろうかな、やりたいなと思うのだが、同じ発想で「世界地図パズル」というのを作ろうと思うと、こちらはあまりうまく行かない。都道府県境ほどは国境は安定していないというのもあるが、世界地図を国ごとに分割してピースわけをすると、大きさがバラバラで処理に苦労するからである(ただ、それでもそれらしいのが売ってはいるようである)。香川県や佐賀県は岩手県に比べてかなり小さいピースになるのだが、世界地図上では芥子粒のようなサンマリノやらモナコやら(いずれもヨーロッパの小国)に比べれば、まだパズルを作れるくらいの差にすぎない。

 どこかで読んだことで、これは維新後、藩を廃して県を作るときに「県ごとの面積配分をだいたい一定にしよう」という意図が働いたのだそうである。お皿を落として割ったときを思い浮かべるとよいが、何かが分割されるとき、自然にはジグゾーパズルのように等分割されるのではなく、とても大きなピース数枚にそれよりも小さなピースがたくさん、粉のようなものがもっとたくさん、という比率になることが多い。現に江戸時代の藩にはずいぶんな大小差があったわけだし、現在でも土地の所有者と面積の統計を取ると、上位のわずかな人数によって大部の土地が所有されている形になる(たとえば二三区内の個人所有土地の半分は10%の人によって所有されているそうである)。たぶん、パズルを作ることができる、都道府県地図のような状態が例外なのである。

 さて、そう思ってパズルが作れない原因になりそうな、小さな国々に着目して世界地図を見ていると、日本というのは、これでどうして、なかなか大きな国ではないかと思えてくる。このへんはぜひ世界地図を手元に置いて読んでいただきたい。日本の面積を形容して「狭小な国土」「極東のちっぽけな国」「狭い日本そんなに急いでどこへ行く」というふうに卑下して言われることのみ多い気がするが、日本列島というのはけっこう、世界地図上で大きな面積を占めているようにも思える。

 漠然とした印象だけでは心もとない。かつて、アイザック・アシモフが科学エッセイの中で、人間は生物全体から見て決して小さな生き物ではなく、実は平均よりもずっと巨大な存在である、ということを数字を挙げて説明していたことがあって、これが面白かったのだが、私もそれをやってみようと思う。つまり、日本という国は世界的に見て小さな国なのか、そうではないのか。

 ここでは、資料として理科年表の2001年版に載っている「おもな国と属領の面積・人口・首都」を使う。もちろん国の構成や面積というものは毎年少しずつ変わってゆくもので、2001年というのは資料として少々古いのだが、今の目的(日本がどのくらいの広さの国なのか)には、まあ、これで十分だろう。

 まず、最も大きい国はロシア連邦で、面積17 075(単位千平方キロ、以下同じ)。これは日本(375)の45倍に当たる。一方、表に載っている中で一番小さな国はモナコで0.001。有効数字上問題がありそうにも思うが、とにかくこれで単純計算をすると、日本はモナコの、実に37万5千倍の面積を持つことになる。どうだい、日本は広大じゃないか。

 これでは誰も納得しないだろうと思うので、まずはアシモフの例にならって、対数で表すことにしたい。千平方キロの単位で面積の常用対数を取ると、面積17 075のロシアは4.23。日本は2.57、モナコは-3.00、ということになる。つまり、日本の面積は10の2.57乗、というときの2.57のことだ。モナコの面積は1(千平方キロ)以下なので数字がマイナスになる。対数について詳しく説明していると長くなるので、興味を持たれたら数学の教科書かそれこそアシモフなどにあたって欲しいが、常用対数の場合「1違うと十倍違う」ということだけは理解いただきたい。2違うと百倍、3違うと千倍の違いになる。

 対数の便利なところは、対数の差がもとの数字の比になるところである。つまり、元の数字の比率を検討する場合、対数の差に着目すればよい。上に挙げた数字で、ロシアと日本の差は1.7くらい、モナコと日本の差は5.5くらい、となる。比を差に言い換えただけのことだが、比が45倍、37万倍、というより、桁違いの違い方としてすっきり把握できそうな感じがする。端的には、日本とロシアの差は、モナコと日本の差よりも比率としてずっと小さい(ロシアはたいして大きくないがモナコはものすごく小さい)わけである。

 では、この伝で世界中の国々と日本を比較してみよう。まず、くだんのリストに載っていた181ヶ国(他に「属領・その他」が18掲載されているが、ここでは省いた)を面積順に並び替えると、日本は60位だった。ちょうど上位1/3の位置で、半分よりは上のほうにいることになる。この順位表で日本の周囲を見てみると、イラク、パラグアイ、ジンバブエ、(日本)、ドイツ、コンゴ、フィンランドである。イラクやドイツあたりは地図で見慣れていて、イラクなど、最近の調査で五割を上回る高校生が白地図上で正確に位置を指し示すことができるらしいから、イメージとして日本人の間で常識となっていると言ってもいいと思う。真実はイラクは日本の15%増しくらいの面積なのだが(ドイツは日本の94%)、どちらも印象としては「日本よりずっと広い」という感じがして、やや意外なリストではないだろうか。

 対数を使うともう少し分かりやすくなる。全体をグラフにしてみるとこんな感じである。

「面積の対数」を各国について取って、0.5刻みで分類し数え上げてヒストグラム化したものである(たとえば、「2」のカテゴリには数値が2から2.5、すなわち面積が100千平方キロから316千平方キロまでの国が入っている)。日本は2.57なので、ちょうどグラフの山が一番高くなっているところ、「2.5」のカテゴリに属する。グラフでは、一つ隣のカテゴリが「(約)三倍」「三分の一」、二つ隣が「十倍」「十分の一」を意味することに注意されたいが、比率においても、数においても、面積が日本より小さい国がいっぱいあるのに対して、大きい国はあんまりない、ということがグラフから実感されるのではないか。すくなくとも「面積的にはありふれた国」「むしろ中の上」ということができる。

 なお、「4」のカテゴリに属するのはロシア一国だけで、「−3」もモナコ一国だけである。「−2.5」は該当国がなく、「−2」「−1.5」もそれぞれナウル(太平洋の島国)、サンマリノの一国ずつになる。対数で見たとき小さい国ほど多い、というふうにはなっていないが、皿のカケラとは違い、小さすぎると国を維持できないような、何か別の力が働いていると考えてもいい。これは直感的に納得できる話である。

 アシモフは、かのエッセイの中で、人間は「ダビデとゴリアテ(旧約聖書の、青年ダビデによって打ち殺された巨人ゴリアテの話)」のダビデではなく、ゴリアテの中の一種である、ということを示した。日本も同じ意味で「ダビデ」とはいいがたく、むしろどちらかといえば「ゴリアテ」の一族の端っこのほうに、なんとか引っかかっていると言えるように思う。地図上ではどうしても広い国が目立つ一方、モナコやナウルのような国は見落とされがちなので、「日本は広い国だ」というふうに考えるのはなかなか難しい。人口との兼ね合いもあるので、狭くないとは言えないけれども、大丈夫、世界地図パズルを作ったとき「日本」というピースを、たぶん作ってもらえるくらいの広さはあるようである。


トップページへ
▽前を読む][研究内容一覧ヘ][△次を読む