見出しの見出しの死闘

 どうしようもないファンなので、阪神タイガースが勝った次の日は、ヤフーニュース(http://headlines.yahoo.co.jp/hl)でスポーツ新聞各社の記事をあれこれ見て歩くのが日課になっている。今やスポーツ新聞各社も独自のホームページを持っていて、それぞれに速報記事を載せているから、それらを一つひとつチェックしていってもよいわけだが、ヤフーではやはり各社一覧できるのが素晴らしい。一つの事件について、いろいろな切り口で報道されているのを比較するわけである。キオスクなどでなんとなく眺めているだけではわからない、各社のカラーがよくわかって面白い。

 さて、そこで気になるのが毎日新聞だ。もちろん毎日新聞はスポーツ新聞ではないが、ヤフーで各社のニュースを並べて眺めていると、すぐ気が付く。毎日新聞が配信したニュースだけ、飛びぬけた特徴があるのである。といっても、記事の内容ではない。これだ。

<大リーグ>松井秀、2安打 イチローは2戦で3安打(毎日新聞)

記事の見出しである。ヤフーではこのくらいの長さの短文を見出しとして一覧して、興味のある記事をクリックして本文を読む仕組みになっている。毎日新聞は特にこの見出しの、さらに最初のところ、

<大リーグ>

に特徴がある。つまり、これがなんの話題なのか、一言で抜き出した語が見出しの文頭に付け加えてあるのである。「<大リーグ>松井秀、2安打 イチローは2戦で3安打」はこれ自体が見出しなので「<大リーグ>」は「見出しの見出し」ということになる。

 本物の毎日新聞社のホームページ(というのも変だけれども)に行って同じ記事を見ると、

大リーグ:

という形になってはいるが、やはり同じようにリーダー文にリーダー語がついていて、これが伝統になっているようだ。これはなかなかすぐれた仕組みで、たとえば「星野激怒」と書いてあるだけだと、たぶんあの星野さんではないかと思うものの本当のところはどの星野やら野球やら他のスポーツやらそれさえもわからないので、そういう混乱を避けることができるわけである。

 しかし、便利なので紹介しよう、と思ったわけではない。他の新聞社の配信した記事と並べて読んでいると、いつしかこの見出しの見出し、これそのものに興味を引かれている自分に気がつく。この毎日新聞の習慣には、もしかして微妙な色気というか、ユーモアが含まれているのではないだろうか。単純な決まりに従って、たとえば「大リーグ関係の記事の頭は<大リーグ>」というような法則が作られていて機械的に生成されている、わけではないらしい。なにか作り手の気持ちのようなものがうかがえて、一度気にしだすと、気になって仕方がないのである。

 とはいっても、分野によってはかなり機械的である。ためしに、ここ数日の記事(上のヤフーニュースで紹介されたもの)から見出しを拾い出してみる。

<細田官房長官>首相の対独戦勝式典出席「戦争反省の意義」(毎日新聞)
<FTA>対外交渉室設置へ 首相直属で一元管理 政府(毎日新聞)
<小泉首相>モスクワに到着 日露独首脳会談へ(毎日新聞)
<菅前代表>テレビ番組で「天皇は退位すべきだった」(毎日新聞)
<小泉首相>対独戦勝60周年記念式典出席でモスクワに出発(毎日新聞)

 特にへんなことはなにもない。一般に「<人名>」のあとにその人の動静なり発言なりが報じられるパターンが確立されている。<小泉首相>というのが一種のカテゴリとして機能して、これで検索すると首相の動静がわかるのだな、と思える。

<淡路市長選>兵庫 元県職員の門康彦氏が初当選(毎日新聞)
<海津市長選>岐阜 元県議の松永清彦氏が初当選(毎日新聞)
<久居市長選>三重 池田幸一氏が無投票で再選(毎日新聞)
<阿波市長選>徳島 旧市場町長の小笠原幸氏が初当選(毎日新聞)
<朝来市長選>兵庫 旧朝来町長の井上英俊氏が初当選(毎日新聞)
<和光市長選>埼玉 野木実氏が無投票で再選(毎日新聞)

 並べてみるとしつこい感じもするし、カテゴライズであればもう少し大きく「<市長選>」とするべきかなと思うが、インデックスとしての機能を期待するのであればむしろこっちがよい。和光市の市長選が知りたい人は最初の数文字を読んだだけで読みたい記事が探せるわけである。以上は政治のカテゴリであるが、では社会ニュースだとどうか。

<天皇、皇后両陛下>グレンダ・ロッホ遺跡を見学(毎日新聞)
<女性専用車両>首都圏私鉄9社など 通勤時間帯に一斉導入(毎日新聞)
<夜回り先生>有料ではできないと講演中止 岡山・倉敷(毎日新聞)
<GW>潮干狩りの家族連れなど2万人 横浜海の公園(毎日新聞)
<雑記帳>イ・ビョンホンさん 川崎の映画館で舞台あいさつ(毎日新聞)

 こっちも何の変哲もない、と言いたいところだが、よく見ると「夜回り先生」という見出しに、そこはかとない不気味さは感じられまいか。いや、私が「夜回り先生」という通称で知られる有名な教師のことを知らないからといって偏見はよくないと思うのだが、実際問題としてこの見出しは役に立つのかという疑問が湧いてくる。たとえば「夜回り先生」の実名のほうがよいのではないか。さらに挙げてみる。

<架空話>土地登記に偽造収入印紙、逮捕の7人追及へ(毎日新聞)
<中村獅童さん>竹内結子さんと「結婚前提」の交際(毎日新聞)
<チェ・ジウ>DVD&写真集の発表 「自然体の私を見て」(毎日新聞)
<転勤訴訟>ネスレ従業員2人の訴え認める 神戸地裁支部(毎日新聞)

 見出しを作るにあたって「<架空話>」というのはどうか。詐欺はだいたい架空話ではなかろうか。しかし「一語」という縛りが機能しているらしく、何を抜き出すのか難しいところではある。結婚前提の交際のニュースでは「中村獅童さん」と「竹内結子さん」のどちらが見出しになるかというのは一つの価値判断であろう。この二人に比べて「チェ・ジウ」は呼び捨てでいいのかという視点もあるかと思う。ちなみに次の日のニュースで、

<竹内結子>妊娠3カ月、中村獅童と来月結婚へ(毎日新聞)

というのもあった。主客が転倒してしかも呼び捨てになっている。どうも基準がよくわからない。上で挙げた「<天皇、皇后両陛下>」も、記事によっては「<天皇皇后両陛下>」となったり、簡単に「<両陛下>」になったりするので、もとより基準などないのかもしれない。動物シリーズというのもあって、

<コウノトリ>園内で放し飼いする装置開発 多摩動物公園(毎日新聞)
<カモちゃん>千葉・鴨川から姿消す 北海道の海に戻る?(毎日新聞)
<キョン>逃走14頭の13頭戻り、1頭死亡 東京・八丈町(毎日新聞)
<クジラ>横須賀港内に出没 話題となったコククジラと確認(毎日新聞)

 なんか、こう、いわく言いがたいが「キョン」という旗を立ててその下でにっこにっこ笑った新聞記者がこちらの様子をうかがっているような、そんな感じがするのである。以下アトランダムに挙げるが、

<JR中央線>酒酔い男性 電車に接触しけが 高円寺駅で(毎日新聞)
<ITER断念>日本抗議に「懸念理解、適切に対応」 EC(毎日新聞)
<ファッション・ショー>ヨーロッパ・ランジェリーの最高峰(毎日新聞)
<省エネ>昨年1年間、原油換算で157万キロリットル実現(毎日新聞)
<手塚治虫文化賞>西原理恵子さん「毎日かあさん」に短編賞(毎日新聞)
<女性警備員>万引き犯の車が急発進、重傷(毎日新聞)

「鉄道事故」等ではなく「<JR中央線>」というのが、またあそこか、という感じが出ていて面白い。すいません高円寺ですから。しかしここで白眉というべきは「女性警備員」であろう。どうやら万引き犯を追いかけて、車で逃走しようとしたところにしがみついたが振り落とされ重傷を負わされてしまった、という事件のようである。この文脈で最も重要なのは「女性警備員」ということになるわけだが、ええと、内容を読むと、たしかにそんな感じもする。しかし、

<トンガ選手>女子プロレスラー殴り逮捕 埼工大ラグビー部(毎日新聞)

ここではトンガ選手はむしろあまり重要な情報ではないと思うがどうか。さらに、

<体の左右>繊毛が特定物質を片側に集めて決定(毎日新聞)
<うそ被保険者>医師511人に9000万円の返還要求(毎日新聞)
<珍現象>伊豆諸島・八丈島で「水平環」観測(毎日新聞)
<新断層>博多湾の海底で発見 福岡沖玄界地震とも関連か?(毎日新聞)

もうこのあたりになると、なにがなんだかわからない。「体の左右」や「新断層」を見出しにしてなにかいいことがあるのか。普通に「体の左右は繊毛が」等と書けばよいのではないかという気もする。「うそ被保険者」がいったいなんなのか、ほんとうによくわからない。記事本文を読んでもよくわからなかった。

 というわけで、言いたいことはこれだけなのだが、本当に、特に阪神が連敗した次の日など、私はこういったことにささやかな楽しみを見出しております。ありがとう毎日新聞。好きです毎日新聞。


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