斜めに滑らせよ

 赤軍と青軍の戦いは、終わりを迎えようとしていた。航空部隊を丸ごと囮に使い、赤軍の航空戦力の誘出に成功した青軍は、赤軍司令部近海まで艦隊を侵入させることに成功し、射程ぎりぎりから猛烈な艦砲射撃を加えはじめた。これに対し、青軍航空部隊の空襲で艦隊をすりつぶしている赤軍は、海岸近くに配備した戦車隊による効果のない防御射撃を行うのが精一杯だった。赤軍司令部は青軍の艦砲によってたちまち月面のごとくになる。赤軍はいまだ優勢を保っている航空戦力による、青軍司令部への自殺的な攻撃を試みるが、それよりも早く、赤軍司令部を三発目の一六インチ砲弾が貫いた。

 削った鉛筆か、芯を出したシャープペンシルを紙の上に垂直に立てる。普通に書くときのように、芯側を紙に突きたてるのだが、手をはなすと倒れてしまうので、人差し指を軽く鉛筆のお尻の上に当てて支えておく。指一本で鉛筆を立てている状態である。次に、このまま、鉛筆を少しずつ倒してゆくと、途中までは芯と紙の静止摩擦が勝って、鉛筆は傾いてゆく。さらに倒してゆくと、どこかで限界を超え、筆先が滑って鉛筆が倒れる。このとき、紙が動かないように押さえておけば、紙の上に薄い線が描かれるはずである。

 言葉にすると迂遠だが、やってみるとすぐわかる。これによって紙の上に「任意の位置から、概略狙った方向への数センチから十センチくらいの長さの線」が書けるわけで、方向と長さの不確実さが、ゲームに都合のいいランダム化装置として機能する。今回は、これを使ったゲームを紹介したい。

 ルールはいろいろ考えられるが、私が親戚の兄ちゃんから教わって小学校くらいのときによく遊んでいたのは、次のような戦争ゲームだった。用意した紙の隅に小さなマル(直径1〜2ミリくらい)を書いて、これを司令部とする。反対側の隅にもマルを書いてこれが敵軍の司令部だ。両隅をぐにぐにと曲がる線で繋いでこれが海岸線で、線の一方が海、もう一方が陸地になる。

 次に司令部の近くの海側に小さな「▽」を3つ書く。これは軍艦である。陸側に「H」を5つ書いてこれが戦車。陸側にはあと2つ「士」を書いてこれが戦闘爆撃機である。ゲームは二人で遊ぶ。以上のコマを、上の「鉛筆倒し」で移動させていく。つまり、▽なら▽の上に鉛筆を立て、鉛筆を倒して、描かれた線を見る。線が続いている、先のところまで移動できた、ということになる。鉛筆を倒す前に「射撃」を宣言すると、同じ鉛筆倒しの線が「火線」の意味になる。相手のコマまたは司令部を鉛筆の線が打ち抜けば、攻撃は命中だ。このように戦闘を行い、最初に相手の司令部を破壊したほうが勝ちとなる。

 最初からあまり細かいルールを書いてもわけがわからなくなると思うが、「戦闘爆撃機はいっぺんに鉛筆倒し2回分移動できる」とか「戦車が海に落ちたり軍艦が陸に乗り上げたりしたら破壊される」「戦車は1ターンに砲撃か移動どちらかしかできない」「軍艦は1ターンに2回の対空ないし対艦/対地砲撃が可能」「軍艦は2、司令部は4の耐久力を持つ」というような設定を追加すると、ぐっとリアルっぽい感じがするものになる。戦闘機と爆撃機や、戦艦と防空艦、戦車と対空ミサイルを分けたり、長短の鉛筆を使いユニットごとの移動速度の変化をつけるのも面白い。

 実際の地図(白地図がよい)を使ったり、A0の模造紙なんかを買ってきて大戦車戦を再現することも可能である。付き合ってくれる人がいなければ、両軍自分でやってみても、思ったよりは楽しい。客観的に見て非常に暗い気がするが、紙一枚、鉛筆一本で遊べるので、私の経験では、けっこうコストパフォーマンスの高い遊びだった。戦争という言葉に心を動かされない向きには、自動車レースや障害物競走、野球ゲーム(ホームベースから鉛筆を倒し、野手の間を抜ければヒット)等も工夫次第で可能である。

 今回はこれだけなのだが、最近あるきっかけでこのゲームのことを思い出し、あまりにも懐かしかったので書き残しておくものである。よい夏休みを過ごされてください。


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