昔むかし。あるところにおじいさんとおばあさんが住んでいました。ある日のこと、いつものようにおじいさんは山にしばかりに、おばあさんは川に洗濯に行きました。
おばあさんが川で洗濯をしていると、なんとしたことでしょう。川上から、大きな桃が、どんぶらこどんぶらこと流れてきました。いや、桃ではありません。それは高エネルギーの粒子なのですが、地球の磁場によって曲げられたためにシンクロトロン放射をし、それがたまたま可視光のうちの長波長領域にピークを持っていたため、おばあさんの目には桃色に見えたのです。
粒子はたちまち崩壊し、あとには電子と電磁波だけが残りました。
昔むかし。あるところにおじいさんとおばあさんが住んでいました。ある日のこと、いつものようにおじいさんは山にしばかりに、おばあさんは川に洗濯に行きました。
おばあさんが川で洗濯をしていると、なんとしたことでしょう。川上から、仮想的な桃が、どんぶらこどんぶらこと流れてきました。おばあさんは驚いて、仮想的な桃を家に持って帰りました。おじいさんとおばあさんが仮想的な桃を切ってみると、中から特に何も出てきませんでした。そこでおじいさんとおばあさんは「空太郎」と名付けました。
空太郎はすくすくと育ちました。数百万倍、いや数億倍になりました。空太郎の数百万倍と数億倍は同じ数値です。
そんなある日、おじいさんとおばあさんは、空太郎がこう言うのを聞いたように思いました。「おじいさん、おばあさん。ぼくは仮定的な鬼退治に行きます。きびだんごを作って下さい」。おじいさんとおばあさんは驚いて、しかしとにかく空太郎に旅支度を整えました。おばあさんは、空太郎にきびだんごを零個作りました。おじいさんは、空太郎に「日本零の空太郎」のノボリを作ることにしました。空太郎は零個のきびだんごと計画上のノボリを携えて、意気揚々と空想上の鬼退治に出かけました。
さあそれから空太郎は虚犬、偽猿、反雉を仲間にし、仮定的な鬼を見事退治したのですが、それは別の、空想上のお話。
昔むかし。あるところにおじいさんとおばあさんが住んでいました。ある日のこと、いつものようにおじいさんはポテンシャルの山にエネルギー源の確保に、おばあさんは遺伝子の川に選択に行きました。
おばあさんが川で選択していると、なんとしたことでしょう。上流の遺伝子プールから多数の表現型がどんぶらこどんぶらこと流れてきました。おばあさんはその中で一番すぐれた形質を発現させた、もっともよい遺伝子を選択しました。おばあさんは遺伝子を記録すると、淘汰郎、と名付けて大切に育てました。淘汰により生まれたからです。
おじいさんとおばあさんが見守る中、淘汰郎は爆発的に個体数を増やしました。時には自然災害などによりその数を大きく減らすこともありましたが、そのたびに生き残った淘汰郎は環境に適応する新たな形質を備え、指数関数的な増加に転じました。淘汰郎はたちまち周辺の生態系を席巻し、重要なニッチを占めるに至りました。
もともと淘汰郎に進化上の方向性があったわけではありませんが、おじいさんはその遺伝子に幾度かの介入を行ない、真水の少ない環境での生存に適した形に、淘汰郎の個体のうち何パーセントかを適応させることに成功しました。またおばあさんは、キビなどの植物が光合成により固定した栄養素を間接的に利用する機能を淘汰郎に持たせました。この新たな淘汰郎は、さらなる生活域の拡大を模索し、途中、共進化していたイヌ、サル、キジといった他の生物の遺伝子を取り込みつつ、ゆっくりと、しかし確実に、周辺の海域へと生活圏を広げてゆきました。
やがて進化の必然として離島のいくつかに上陸した淘汰郎は、これらの人為選択により与えられ、あるいは自然選択により身につけた能力をいかんなく発揮し、たちまち土着の生物に対して優位に立ち、ついには駆逐しました。最初は外来種として離島に飛来した淘汰郎は、やがてそれぞれの土地に定着するとともに、天敵がいない環境に適応し、いわゆる島嶼化によってすっかり小型化したおとなしい生物として今も鬼が島などに分布しているということです。