――人生にはときどき思いもよらない展開というものがある。
ぼくはいつものパソコン、広げたノートパソコンにキーボードやら、マウスやら、外付けハードディスクやらカードリーダーやらをごたごたとくっつけたいいかげんなシステムの前で、つくづくと考えていた。なにしろ、ここまで何年かやってきたことが、こんな思いもしない形で実を結ぶなんて、ほんの一年くらい前まで、まったく考えもしなかったのである。正直言って、まだ信じられない気持ちのほうが大きい。ぼくのような存在、この世界においてどうやら脇役で、重要な役割なんかなにも果たせそうにない、と思っているぼくが、まさかこんな。大それた。
「……はあ」
液晶ディスプレイの中、開いているウィンドウには、一枚の絵が表示されていた。ベンチに座った男の子と女の子。かれらの膝の上に、犬と黒い猫。考えていると、なんとなく息苦しい感じがしてきて、ぼくはまた小さく息を吐いた。なにしろあと一ヶ月とちょっと。わずかそれだけの間だ。
「どうした、しげる」
と、ぼくの横で、床にねそべって船を漕いでいると思っていたジョン平が、いつの間にか立ち上がって、ぼくの顔を覗き込んでいたことに気がついた。ぼくはこの雑種犬に手を伸ばし、頭を前から後ろへ、何度かなでてやる。耳の後ろを触ってやると、ジョン平は気持ち良さそうに、目を細めた。
(ジョン平、どう思う?読んでもらえるかな?)
ぼくはそう聞きたくてたまらなかった。そうしなかったのは、ジョン平に聞いてもどうにもならないということを、よくわかっていたからでもあったが、それに加えて、この優しい使い魔を、あまり困らせたくない、ということもあった。それに、今ここで、かれに甘えてはいけないような気がした。たぶん、ジョン平はなにか、ぼくを元気づけることを言ってくれるだろうとは思うのだが。
それで、ぼくは代わりに、テーブルのコーヒーカップを持ち上げて、言った。
「いや、コーヒーもう一杯、飲もうと思ってさ」
「こーひー?」
ここでコーヒーを入れてくれるような使い魔ならいいと思うが、残念ながら犬であるジョン平にはそこまで細かい作業は期待できない。ぼくはカップを手に立ち上がって、伸びをする。
「ジョン平も何か飲む?」
ぼくは反対に、ジョン平に尋ねた。
「うん、じょんぺい、のどかわいた」
「水でいいかい?」
ジョン平の飲み物用の平たい器を手に取って、ぼくが聞くと、ジョン平はふるふる、と顔を振った。
「ぎゅうにゅうが、いい」
どっちが主人なのかよくわからないし、だいいち贅沢なやつだと思う。ただ、そうやって、冷蔵庫から牛乳を取り出して、器についでやったりしていると、わずかながら、今まで感じていたなんとも言えない不安がどこかに消えてゆくような、すべてがうまく行くような、そんな気がしてくるのも確かだった。