第一〇話『阪神パークのスピードマン』

「なっていません。言わせてもらえば、まったくなっていません」
 壮大な飾り付けが施された一室に、不機嫌そうな声が響き渡った。獣人帝國バグー、その本拠地たる海底秘密基地の、獣人皇帝謁見室である。広間には無数のバグメイトたちが整然とならび、直立不動の姿勢をとって微動だにしない。獣人帝國國旗が飾られている上座には、豪奢な椅子が獣人皇帝専用として据え付けられていた。椅子の左に立った、黒を基調としたぴったりしたドレスに身を包んだ背の高い女性は、獣人皇后で、この不機嫌な声は彼女のものだった。右にやや下段に控えている人影は、獣人博士である。博士はすっぽりと頭からかぶるフード付きの灰色の長衣に身を包んでおり、表情を見て取ることはできない。そして、中央にただ一人、玉座に座って一言も口をきかないこの人物が、この獣人帝國バグーを統率する謎の人物、獣人皇帝バグエンペラーであった。
「獣人博士。お前が作り出したバグノイドたちは、一度もスピードマンに勝てないではないか」
 獣人皇后が続ける。獣人博士は小柄なその身を、さらに縮こまらせる。
「アリクイバグもバッファローバグも、あっさりとスピードマンにやられた。ホエールバグはいったいなにがしたかったのかわからない。カニバグに至っては一太刀も交えぬまま自爆した。ハエトリソウバグはまだしも、女性に弱いスピードマンにはデンキクラゲバグが一番です、などと言ったときのお前のしたり顔を今のお前に突きつけてやりたいわ。お前が無敵だと保証したゾウガメバグは、なんと人間の警官にやられた。モスバグはマユ期間が長すぎてスピードマンに手も足もでなかったし、知能の高いレッドスネークバグは作戦があだとなってその力を発揮する間もなくやられてしまっているではないか。このままでは、我が獣人帝國バグーの理念である『大阪を中心とした新世界秩序の構築』はいつのことになるやら」
 そこで獣人皇后は言葉を切り、獣人皇帝の方に向き直って体を低くした。
「どうか、獣人皇帝陛下のお言葉をいただきたく存じます」
 その言葉を受けて、獣人皇帝バグエンペラーは、玉座からゆっくりと立ち上がった。その姿は、意外なほど小柄だった。さまざまに飾られた衣服を身に着けてはいるが、ほんの少年ほどの体格にしか見えない。素顔は仮面につつまれて見えないものの、その声もまた、体格から受ける印象を裏切らない、若々しいものだった。
「獣人博士、申せ」
「はっ。次なる刺客『レオポンバグ』は、既に阪神パークに向かっております。目的は、我々の理想実現の障害となるにっくきスピードマンをおびき寄せて抹殺すること。レオポンバグは、従来のバグノイドで軽視されていた敏捷性を極限まで追及した高速バグノイドです。かならずや、スピードマンのSSSブレードをかいくぐり、きゃつに致命傷を与えられるものと」
「よい。控えよ」
「ははっ」
「余は、思うのだ。獣人博士」
「はっ」
「スピードマンには、このままプレッシャーを与えてゆくだけで良い。なにしろ、やつは老いた。それに比べ、私には無限の未来がある。結局、この場に最後に立っていたものが勝者だ。そうではないか?」
「ははっ。有り難きお言葉を。しかし、かならずレオポンバグでスピードマンの息の根を止めてご覧に入れます」
 獣人博士は完全に平伏してしまっている。
「期待しているぞ。では、これにて、謁見を終わる」

「長くなったバグ。言わせてもらえば、まったく長すぎバグ。幕間にこんなに文字数をとってどうするつもりバグ。オレの活躍はどうなるバグか」
「何を言っているのか、わからんなレオポンバグ。それにお前の活躍の場面などないぞ」
 すでに対峙しているレオポンバグとスピードマンだった。場所は阪神パーク。かつては「レオポン」が人気を呼んだこの動物園も、今では住宅展示場に併設されたごく小さなものに改修され、ほそぼそと営業を続けているのみだった。その、人影まばらな動物園内で、SSSブレードを構えたスピードマンの声が響く。見物人もちらほら、彼らの周りに集まりはじめたが、バグメイトに追い払われたりしている。
「それはどうかなバグ、スピードマン。オレの動きがとらえられるかバグっ」
 振り下ろされようとしたSSSブレードをかいくぐって、レオポンバグは素早くその牙をスピードマンのわき腹に向けた。生体強化ケラチンの鈍い輝きがレオポンバグの顎に光る。
 ガキンっ
「間一髪、かわしたかバグ。SSジャンプは、使わないバグか?」
 SSジャンプで逃れれば、まさにレオポンバグの思うつぼである。SSジャンプに、2度目はない。スピードマンは、SSSブレードを構え、隙を窺いながら言った。
「レオポンバグ。名前が思い出せないんだけど、バースだっけ」
「それはホワイトタイガーだバグっ。それでもってそれは宝塚ファミリーランドだバグ、って、あう」
 ぶん。レオポンバグのセリフの途中で水平に振るわれたSSSブレードは、しかしまたも空を切った。
「あ、危なかったバグ。お前卑怯者バグね」
「ちっ」

「高校の生物の先生が、こんなことを言っていたぞ」
「油断させようたってそうは行かないバグ。お前のトークなんて聞き耳持たないバグ」
「まあ聞け。生物の要件って、なんだか知っているか」
「知らんバグ」
「自分の遺伝子情報から、自分の複製をつくることができる能力だ。これがないと、生物とは言えない」
「それがどうしたバグ」
「先生は言ったものだ。もうわしには子供がいるからいいが、お前たちはまだ生き物かどうかわからない。単なる、排泄物かもしれないぞと」
「無茶なことをいうバグね」
「レオポンって、一代雑種だから、子供はできないんだよなあ」
「ぐっ。ななな、何て失礼なやつバグかっ。言うに事欠いて排泄物とはなんたる侮辱バグ。もう怒ったバグ。喰らえバグっ」
 十メートルもの距離を軽々と跳躍して一気に間合いを詰め、死角からスピードマンののど笛を狙って跳躍するレオポンバグ。必殺の間合いだった。

「む、ぐむぐ、ブグ(な、なんだ、バグ)」
 見よ。レオポンバグの死のあぎとに捕らえられているのは、SSSブレードではないか。説明しよう。スピードマンの言葉に怒り狂ったレオポンバグの跳躍は、わずかではあるが、精度が落ちていたのだ。スピードマンはそこを狙ってSSSブレードで防御したのである。
「残念だったな」
 そのままSSSブレードを振り抜くスピードマン。レオポンバグの頭もろとも、地面にたたきつける。
「ブーギンベイボブバンバイブグー(獣人帝國万歳バグー)」
 ひとたまりもなく中枢神経を破壊されたレオポンバグは、その言葉を最後に、絶命した。
「うむ。これで阪神パーク甲子園住宅遊園の平和は守られた。といっても過言ではない。じゃっ」
 自爆の爆発音が響く阪神パーク。まばらな拍手の中を、スピードマンは去ってゆくのだった。

 徐々に明かされてきた獣人帝國バグーの巨大な陰謀。スピードマンに勝機はあるのか。この物語に落とし所はみつかるのか。とにかく連載終了のその日まで、頑張れ、スピードマン。とりあえず晩酌は控えめに、長生きせよ、超光速流スピードマン。

<次回予告>
「やあ、みんな、スピードマンだ。手ごわい敵だったが、根が単純で助かったよ。ちなみに「レオポン」の最後の一頭が亡くなったのは一九八五年のことだ。君たちは生まれてたかな。さて次回は『クリスマスのスピードマン』。スピードマンにクリスマスはない、と言っても過言ではない。じゃっ」


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