「おっ、なにかあっちでやっているぞ」
と人々が環をつくる。商店街の中、アーケードの路地の人込みをせき止めて、トナカイバグが出現した。赤い衣装に身を包んだ、トナカイのバグノイド。背中に大きな袋をしょっている。どうみても、クリスマス関係の人以外の何者でもなかった。
クリスマスイブ。街はクリスマス一色に染まっていた。特に繁華街ともなるとその傾向は顕著であり、カラオケの客引きまでがサンタの格好をしているのには苦笑いをするしかない。その衣装、新調したものだろうか。去年のをまた使っているのではあるまいか。使い終わると年末だが果たしてクリーニングに出せるのか。匂いは大丈夫か。しかし、その中でもサンタの衣装を着たトナカイは異彩を放っており、そんなクリスマス色の町の中でもひときわ目立って見えるのであった。
「さあ、子供たちにプレゼントだバグ」
トナカイバグは、人垣がまわりにできるのをにこにこと頷きながら見ていたかと思うと、背中に背負っていた袋を地面に下ろし、中身を周囲の子供たちに配りはじめた。
「さあ、いい子にはプレゼントバグ」
「わあい、ありがとう」
小さい子の頭を撫でたりしているトナカイバグ。遠巻きにして見守っていた小さな子供たちがわっと寄ってくる。プレゼントは、スピードマンがシューティングゲームのマトとして出てくるプレステのソフトなんかが入っていて大変危険なのだ。危うし、スピードマン。
「そこまでだっ。あざといぞ、トナカイバグっ」
(出たな、スピードマン。ここがお前の墓場バグよ)
と、プレゼントをまだ子供たちに配りながら、目をあげてスピードマンを見たトナカイバグは、思わず叫んでいた。
「って、あざといのはどっちバグか。ずるいバグよ、スピードマンっ」
そこには、上から下までを赤と白のサンタ装束で揃え、付けヒゲまでどこからか調達したスピードマンが、立っていたのである。
どう見ても関係者に見えるスピードマンとトナカイバグの間の人垣が別れて、二人は向かいあった。じりじりと間合いを詰める二人。子供たちに囲まれたトナカイバグを、スピードマンはどう倒すのか。
「トナカイ、トナカイじゃないか」
と、棒読みのセリフを言ったのは、スピードマンだった。
「な、なにバグっ」
しまった、もっと人と人気を集めてから戦いを始めるつもりだったのに、と後悔のほぞを噛んでいたトナカイバグは、スピードマンがなにを言い始めたのかわからなかった。
「わしのソリを引く仕事を抜け出して、いち早く子供たちにプレゼントを配るなんて、しょうがないやつだ」
「ば、ばばバグ」
すべてを理解したトナカイバグ。かつかつとスピードマンが近づいてくる。人は石垣人は城とばかりにトナカイバグが周りにはべらしていた子供たちも喜んで道をあける。
「さあ、わしらを世界中の子供たちが待っておるのだよ。そしてそのときには、お前の鼻が役に立つのだ」
と、あいかわらず棒読みのセリフを言うと、スピードマンはトナカイバグのツノをがっしりとつかんだ。
「子供たちも、今晩を楽しみにな。さあ、ゆくぞトナカイ」
スピードマンは小声で続けた。
「…あの路地裏くらいまでな」
拍手とともに人垣が散ってゆく。クリスマスの明るい音楽流れる街角からトナカイバグは、死が待っている路地裏へと、なすすべなく引きずられてゆくのだった。
子供たちの心を捕らえようとした卑怯なトナカイバグはスピードマンの機転により倒された。クリスマスの平和は守られたが、スピードマンに休息はない。シャンパンの飲み過ぎは体に毒だぞ、スピードマン。ケーキのヤケ食いは胃にもたれるからよせ、スピードマン。年賀状も書かないとな、超光速流スピードマン。
<次回予告>
「やあ、みんな、スピードマンだ。精神攻撃ならこのスピードマンに一日の長があるのさ。ちなみに「サンタクロース」の衣装が赤いのはコカコーラが悪いって知ってたかな。冬にコーラを飲ませようなんて太いやつらだよね。さて次回は『二千年問題のスピードマン』。ミレニアムは君の元にも平等にやってくる、と言っても過言ではない。じゃっ」