第一四話『梅田スカイビル空中庭園展望台のスピードマン』

 さて、二千年問題に関してはかなりどえらいことになった。どうどえらいことになったかは本作品には関係ないので触れないが、悪夢のようだった対応業務をひとまず終え、ようやく正月九日、休日を得た各務は、遅ればせながら自宅のキッチンでモチなど焼いて食べていた。さらに明日、十日も、今年から本拠地を失って永遠のロードに出た成人の日が控えており、ワタナベクリエイトも休みである。朝早くから心斎橋の方へ友人と遊びに出かけた恵子を見送ったあと、二度寝したり二度目の朝ご飯(モチ)を食べたりしてすっかりだらけきった各務。と、そこへポレポレからの指令が入る。

「先週は、なにごともなかったようで、なによりですね」
 PHSをとった各務に、ポレポレがいつもの柔らかい口調で話しかける。
「あ、いえ、それがなかなか大変ではあったんですが」
「そうですか。お休みのところ、申し訳ありません。また、指令です」
「は、はあ。かまいませんが」
「梅田にバグノイドです。梅田スカイビル空中庭園展望台です。すぐに、向かって下さい」
 各務は、PHSにむかって受け答えをしながら、顎をざらざらと触り、ヒゲは剃っていったほうがいいかなあ、などと考えていた。

「さあ、年賀状の出し忘れはないバグか。運んでやるバグよ。オレに任せるバグ」
 と、ピンククマバグが周りに愛想を振りまいた。梅田スカイビル空中庭園展望台である。梅田スカイビル空中庭園展望台は、梅田の新名所として四、五年くらい前に完成した施設である。ビルとビルの間に橋を渡して、その上に展望台を作ったものである。展望台の下には何もないので、それを下から見ただけで怖じ気づきそうになる。その頂上、露天になっているのだが、ピンククマバグがいるのはその展望台だった。寒いので冬休みにふさわしい観光名所ではないのだが、それでもちらほらいる子供たちにピンククマバグはおおウケしている。横ではバグメイトたちが膨らませた風船を配ったりなど、こちらも人気取りに余念がない。

「待てっ、そこまでだピンククマバグ」
 そこへスピードマンがエスカレーターを登って現れる。昼までごろごろしていたためにゼロもいいところだった変身万歩計の歩数は、スカイビルの階段を登ったりして稼いだらしい。偉いぞ各務。
「スッピードっ・マァァン!私が来たからにはもう安心だっ。子供たち。こいつは某大手インターネットプロバイダー関係のあいつじゃない。タチの悪い遺伝子改造獣だっ。さあっ、早く逃げるんだっ」
 子供から年賀状を預かっていたピンククマバグが顔を上げて、そのぬいぐるみじみた顔を歪ませてニヤリと笑う。
「来たかスピードマン。だがもう遅いバグ。オレのこの姿に油断した子供たちからもうこんなに手紙を預かったバグ」
 たすき掛けにして下げていた郵便さんかばんから、数十枚の年賀状を取りだし、扇のように広げるピンククマバグ。

「それをどうするつもりだ、ピンククマバグ」
 展望台の広くはない通路で、ピンククマバグと対峙して動けなくなったスピードマン。まさか、その手紙を。
「ふっふっふバグ。オレがなんのためにこの『梅田スカイビル空中庭園展望台』を戦場に選んだと思っているバグか。ただ何となくバグか?大阪の観光名所だからバグか?それとも高いところが好きだからバグか?違うバグ。ここからこの手紙を撒けば、お前にも回収は不可能だからバグっ。オレがピンククマバグなのも伏線だったバグ」
 嘘である。
「くそう。いま考えたストーリーをとくとくと語りやがって。とにかく止めろっ、ピンククマバグ」
 スピードマンは、周囲の子供たちが見守る中、そう言いながらピンククマバグに歩み寄った。
「頼む。お前を信じて手紙を預けた子供たちの気持ちを裏切らないでくれっ。SSSブレードっ」
 現れたSSSブレードを手にしたスピードマンは、SSSブレードを下段から一気に振り上げた。
「ぐわっ、お前、言ってることとやってることが全然違うバグっ」
 危うくかわしたピンククマバグが文句を言う。
「頼む。この通りだ。子供たちの夢を踏みにじることは俺にはできない」
 ぶん。またSSSブレードが、横なぎになぎ払われ、ピンククマバグは必死でかわす。
「ままま、まてバグ。この手紙を」
「俺ができることは何でもする」
 スピードマンは跳躍して間合いを詰め、上段に構えたSSSブレードを振り下ろす。その切っ先がついにピンククマバグの脳天をとらえた。
「ば、バグ」
「だからお願いだ」
 一撃、二撃。つぎつぎと打ち込まれるSSSブレードにピンククマバグの柔らかそうな頭がたちまち歪み、砕け、体液を吹きだした。
「早く死んでくれ」

「バグ、エンペラー、万歳…バグ」
 息も絶え絶えにそう言って自爆するピンククマバグ。逃げてゆくバグメイトたち。そのなごりの炎に、スピードマンは言い捨てるのだった。
「こちとら休みの日に出てきてるんだ。これ以上世迷いごとにつきあってられるか」
 ふと周りを見回すスピードマン。ピンククマバグに風船をもらい、手紙を預けた子供たちが、恐怖の目でスピードマンを見ている。
「あー。これで梅田スカイビル空中庭園展望台の平和は守られたと言っても過言ではない。じゃっ」
 こうして、映像化に当たっての最大の障害になりそうなピンククマバグは倒された。後半に入ったというのにこんな調子で大丈夫か、獣人帝國バグー。っていうか、もっと気合いを入れて話を作れ、大西。だんだんバグノイドの質が悪くなっていっている気がするが、気を抜くな、超光速流スピードマン。

<次回予告>
「やあ、みんな、スピードマンだ。今回はいろんな意味でオーソドックスな回だったね。ちなみにピンククマバグの持っていた手紙はあとでぼくが投函しておいたから安心だ。何枚か燃えたけどね。さて次回は『ゴミ収集日のスピードマン』。朝起きるのが遅くてゴミを出せないなんて人は、社会人失格だと言っても過言ではない。じゃっ」


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