「スッピードっ・マァァン!参っ上。私が来たからにはもう安心だっ」
大阪梅田随一の待ちあわせスポット、阪急電車梅田駅の二階出口近く、紀伊国屋書店前で、スピードマンと携帯電話バグは対峙した。
「ふっふっふ。スピードマン。よく来たバグな。だが、なにか読者のみなさまに言わないといけない言葉があるんじゃないバグか」
「な、なんのことだ」
土曜日の夕方、待ちあわせの人々でごったがえす広場に、奇麗に二人の周りに環ができる。この広場で行われていた宝塚ファミリーランドの宣伝や、新車のミニ展示会に見入っていた、そして何よりも、何をするでもなくぼんやりと待ち合わせの時間を過ごしていた人々が、何事かと二人を見る。全長二メートルはあろうかという巨大な携帯電話に、ピンク色の手足が生えた奇怪な生き物と、がっしりとした肉体を銀色のスーツに包んだヒーローがにらみあっている。胸には黄金に輝く「完全なる三角」。彼こそ、大阪に降り立った謎のヒーロー、スピードマンなのだった。
「自分の胸に聞いてみるがいいバグ。なにが『お正月に更新する』バグか。もう二月バグよ。期待してくれているちびっ子達に申し訳ないと思わないバグか」
「そ、それはそもそも俺のせいじゃないぞ。それに、あんまりこのページは、ちびっ子に読まれているとは」
そう、書いている大西がなんだかんだと忙しかったのである。
「ほら、一緒に謝ってやるからお前らも謝るバグ。遅れてすまんバグ」
「むむ、うーむ。すまん」
すまん。
「それでいいバグ。では、本篇を再開するバグ」
それにしても、ぱっと見た目には、携帯電話のぬいぐるみを着た人、としか見えない携帯電話バグである。
「しかしなんだ、すまんはすまんなのだが、携帯電話バグって、なんだお前。どういうつもりだ。獣人帝国じゃなかったのか。獣人」
「バグっ。今お前、国の字を新字体で言ったバグね」
「言ったがどうした」
「獣人帝國バグーの国の字は旧字体の國と書くのが正しいバグ」
「ええっ、そうなのか」
「正しく國と書かないと、バグエンペラー様が大変気を悪くされるバグ」
「そうかすまん」
「わかればいいバグ」
なんか今回は謝りっぱなしだと思うスピードマンだった。
「いかん、早くはじめないとまた長くなってしまう。ゆくぞ、携帯電話バグ」
「かかってこいバグっ」
スピードマンは、手に握りしめたSSSブレードを振りかざすと、携帯電話バグの脳天に降り下ろした。全く避けようともしない携帯電話バグ。
キィィン。
「な、なんだとっ」
しびれた右手を左手で押さえ、後ずさるスピードマン。SSSブレードが、効かないとは。
「はっはっはっは、バグ。無駄、無駄、むだなのだバグ。この携帯電話バグの『改良型生体強化ケラチン装甲』に、いかなSSSブレードといえどもそんな攻撃は効かんバグ。ではこっちからゆくぞバグ」
携帯電話バグは右手で自分のアンテナを伸ばし、呆然としているスピードマンに叫んだ」
「必殺、電磁波攻撃っ。むむむむむーバグ」
携帯電話バグが力を入れると、アンテナが七色に光った。攻撃に備えて、身を固くするスピードマン。しかし。
「な、なんともないぞ、おい」
「むむむむー。このオレの電磁波攻撃は、半径二メートル以内の電気製品は全部誤作動を起こすバグ」
「あのな。携帯電話バグ」
「むむむむー。なんだバグ」
「俺は、電気製品でもないし、ペースメーカーなんか使っちゃいないんだが」
「むむむむー」
スピードマンは、それ以上の展開がないことを理解すると、むき出しの手足に向かって黙ってSSSブレードを振り下ろした。
「はっはっはっ、バグ。それで勝ったつもりバグか」
手足を砕かれ、文字通りても足も出なくなった携帯電話バグは、しかし生きていた。さすがに日本の電気製品、丈夫なのである。どうも、内部を破壊しないと駄目らしい。
「はあはあ。しぶといヤツめ。…む、ここはなんだ」
と、スピードマン携帯電話バグの、充電端子あたりにすき間を見つけた。
「やめろバグ、ばか、そこはダメバグ。エッチ」
「ここから、分解できるんじゃないのか、携帯電話バグ。中はどうなっているんだ、やっぱりマシンなのか」
スピードマンは携帯電話バグの電池のふた辺りのすき間にSSSブレードをこじ入れると、ぐいとひねった。
「ぐあああああ、いたたたたたたたたた、バグ」
外板の一部がめくれる。そっと中をのぞき込むスピードマン。中は。
「う、うひゃあ」
中は肉だった。金属の外板に粘りついた皮下組織から、深紅の体液がぼとぼととこぼれ落ちる。
「うわああああ」
慌てた拍子にSSSブレードを携帯電話バグの奥深く突っ込んでしまったスピードマン。さらに引っこ抜こうとして、中を散々かき回してしまう。「むぐ」とか「ぐぎょ」とか「けひょ」とか、声にならない悲鳴をあげる携帯電話バグ。やがて、なにか重要な器官を引っかけたらしい。「きょ」と言ったきり、携帯電話バグは動かなくなった。ようやく引き抜いた血まみれのSSSブレードを手に、衝撃に呆然として立ち尽くすスピードマン。あたりの見物人も、声にならない悲鳴を上げている。
「…なんか、その」しばらくして、スピードマンはやっと言った。「その、いろいろごめん。えーと、これで阪急電鉄梅田駅の平和は守られたと言っても、あー、過言ではない。…じゃっ」
まばらな観客の拍手の中、三番街の方角に向けて走り去るスピードマンだった。こうして、待ち合わせ場所の平和を乱す携帯電話バグは倒された。しかし、気持ち悪い敵だったな、各務。悪い夢を見たりしないようにな、スピードマン。泥酔して寝れば大丈夫っぽいぞ、超光速流スピードマン。
<次回予告>
「やあ、みんな、スピードマンだ。今回はなんか、外伝っぽかったね。えー、なんかストーリーの大筋に関係してこないと思うと、なんかこうなっちゃったんだ。ごめん。さて次回は『恵子の恋(前篇)』。深海からの使者、センジュナマコバグが、高校を襲う。って、恵子が、恋だって。まいいや。じゃっ」