第二三話『決戦!関西国際空港』

「何とかしろ、ポレポレ」
 南海電車空港特急「ラピート」車内の、デッキに立った各務は、PHSに向かって叫んでいた。濃い青に塗装された鉄の巨人のごときデザインの特急は、PHSの限界を遥かに超えるスピードで関西国際空港に向けて走行を続けていたが、各務の指令PHSは、ポレポレとの接続を絶やさなかった。それなりに、特別製なのである。
「はっきり言いましょう。無理です」
 PHSから聞こえてくるポレポレの声は、あくまで平静だった。
「『広東住血線虫バグ』は、現在あなたの脳に侵入し、そこでナノマシン破壊を続けています」
「頭が痛いのは、そのせいか」
 と、各務は左手で頭を押さえた。頭の奥の方から「バグ」という声が聞こえるような気がする。
「はい。ただし、あなたにインプラントされているナノマシンは、その程度の妨害では活動を阻害されることはありません。ナノマシン自体の自己増殖によって十分機能の保全が可能な範囲内です。最終的には『広東住血線虫バグ』側の、オーバーロードによる機能停止という形で決着がつくことになるでしょう。それまでには、一ヶ月から、数年はかかると思いますが」
「それじゃ、間に合わないんだ。それに、基本機能に問題がないなら、どうして変身が解けた」
「リミッターです。広東住血線虫バグによって、あなたの身体機能が低下しています。このままナノマシンがスピードマン・モードで稼働しつづけると、あなたの肉体は、取り返しのつかない損傷を受ける危険性があるのです」
 スピードマンは、その変身を維持するだけでも、常にエネルギーを消費し続けている。そのエネルギーを、ナノマシン群に供給するのは、現実の、各務の肉体の役目である。変身中、各務のもとの肉体は仮死状態で保存されるが、そのエネルギー消費が各務の肉体に耐えられなくなったある一点を越えると、変身を解いて元の代謝に戻った瞬間、各務は死亡するのだ。

「わかってる、わかってるが」
 と、二人の、少しやかましい会話が、ラピートの車内放送に遮られた。
「ぴんぽん。車掌よりお知らせいたします。ただいま、関西国際空港において、大規模な事故が発生した模様です。詳細の確認を急いでおりますが、現在、航空機の離発着は全面的に停止されております。誠に恐れ入りますが、この『ラピート』は、次の泉佐野駅までで一旦運転を休止させていただきます。代替輸送については未定となっておりますが、一旦電車をお降りになり、ホームまたは駅待合室でお待ち願います。乗客の皆さまには誠にご迷惑をおかけいたします。今後の情報にご注意願います」
「なんだ、どういうことだ、ポレポレ」
 PHSから耳を離し、しばらく放送に耳を傾けていた各務が、電話の向こうのポレポレに向かって問いただす。
「獣人帝國バグーの、バグノイドです。約十五分まえ、利用客として紛れ込んでいた三体のバグノイド、コンドルバグ、イーグルバグ、ファルコンバグが、バグチェンジを敢行、空港施設および駐機中の航空機群の、破壊を開始しました。」
「行く。リミッターを、外せポレポレ」
「そうは行きません。リミッターは、あなたの健康上の、理由があって、付けられているのです」
「空港では、人が、死んでいるんだろうがっ」
「はい」
 こういうときでも、ポレポレの声にはいっさい感情が入らない。

「俺は、行くぞ。どうやってでも、空港へ」
「各務さん、聞いて下さい。あなたが、行く必要は、もう、ないのです」
「…それは、どういうことだ」
 動揺した乗客達に向けて、車掌による説明が繰り返される中、ポレポレは、静かに語りはじめた。

 そもそも、スピードマンと獣人帝國バグーがどうして戦いを繰り広げなければならないのか。
「すべてが、実験だったのです」
 これは、異星人ポレポレと、そしてもう一人、獣人博士としてバグーを支えている異星人グロクが行う、一種の実験であり、ゲームでもあった。いまだ地球文明とは初期的な接触段階にあるポレポレら異星文明が、人類とのかかわり合いをいかにすべきか、この幼い文明とどのようにつきあってゆけばいいか、それを確認するための一種のロールシャッハ・テストとして、スピードマン計画が実施されたのである。オーバーテクノロジーを用いた助力を行った上で、超越的な存在である両者が戦い、それに対する人類の反応を確認する。その実験道具として、各務が選ばれたのだ。

「おそらく、実験としては、あなたをこのまま行かせるべきなのでしょう。しかし、私は異星人ですが、感情がないわけではありません。これは、損得抜きでの判断です、各務さん。あなたはこれまで、予想以上の反応を示してくれました。私に十分なデータを与えてくれました」
 各務は、だまってポレポレの言うことを聞いていた。
「あなたに全てを話したのは、今のグロクの手口が、協定を逸脱している面が、確かに認められるからです。ナノマシンを用いた超ひも場技術は私の側だけに認められたものです。かわりにグロク側には組織を作ることが認められているのですから。ここに至っては、実験は終了しても構いません。以後の事態は、私が責任を持って収拾します。監視局に照会を行い、速やかに解決します。必要であれば、本国から支援を要請します。あなたはもう、スピードマンを止めていいのです。これまで通りの暮らしが、続けられるのです」
「ポレポレ」
「何ですか」
「いい話だ。もう、久しぶりに聞いたよ、そんないい話は」
「お怒りになってかまいません。私たちは、それだけのことをしたのですから」
 各務は、じっと車窓から、北の空を見つめていた。その先には大阪湾があり、神戸がある。親子四人が暮らしたあの街がある。各務は、燃えあがるマイホームの前でのスピードマンの自分の腕に抱かれてぐったりと横たわったあの日の恵子の姿を思い出していた。そして、そして。

「一つだけ、質問があるんだ。どれくらい、かかるんだ、それに。――本国との通信に」
「光速に制限を受けますから、二五年、というところでしょうか。しかし、そもそも、実験範囲は最大でもこの日本国の、本州内、大阪を中心とした京阪神都市群に限られます。それ以上はグロクも手を広げることは、あり得ません。あなたは、その外に住めば」
「なあ、ポレポレ」
 各務は、ポレポレの言葉を遮った。声が、思わず少し、少しだけ、裏返っている。
「…はい」
「長いこと、正義の味方なんてやってきて、もう慣れっこになっちまったんだろうか、と思うんだが」
「いけません」
「リミッターを外してくれ、ポレポレ」
「死ぬんですよ」
「なあ」
「はい」
「ごちゃごちゃとは言わん。だが、俺にしかできないなら、やるよ、ポレポレ」
「…」

「スピードアップ」
 変身万歩計はまだ千も越えていないにもかかわらず、リミッターを外されたナノマシンは体の奥底から響く咆哮とともに、各務の肉体を銀色の光芒につつむ。時を置かず、銀色の体がラピートの車内から、かすむように消えた。連続したSSジャンプは、十キロ近い距離を無にして、スピードマンを遥かに離れた関西新空港の滑走路上へと、決戦の地へと運んだ。
「はーっ、はっはっはっはっは」
 関西新空港に、現れた男、スピードマンの頭上、数百メートルの空中を、三体の鳥形バグノイドがゆっくりと旋回を続けていた。滑走路のあちらこちらで、擱坐した旅客機が炎をあげて燃え続けている。
「SSSブレード」
 静かに、そう言ったスピードマンの右手に現れたスーパーストリング・スクランブルブレード。最後の戦いの幕は上がろうとしていた。

<次回予告>
「やぁ、スピードマンだ。やっぱり一回に収まらなかったよ。あと三回しかないんだけど、大西はそのへん、分かっているのかな。ちなみにラピートにはアルファとベータがあるけど、大阪のおっちゃんおばちゃんに、ギリシャ語は酷だよね。さて次回は『海底基地のスピードマン』。獣人帝國バグーの海底基地に、スピードマンの正義の光がいま降り立つ。と言っても過言ではない。じゃっ」


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