第二四話『海底基地のスピードマン』

「SSジャンピング、急所クラッシュっ」
「バグぅっ」
 たまらず悶絶したイーグルバグが、もはやはばたく力もなく、十メートルの空中から、コンクリートの滑走路に真っ逆さまに墜ちた。少し遅れて着地したスピードマンが、地面で股間を押さえてのたうち回るイーグルバグの頭にさらに一撃を加えようと、つかつかと歩み寄りながら、SSSブレードを振りかざす。
「じ、二郎っ。おのれ、スピードマンっ、よくもバグっ」
 その隙を突くかたちで、剣呑な鋭いクチバシでスピードマンの肉体を貫かんと急降下するコンドルバグだが、ちらりとそちらを一瞥したスピードマンは、落ち着いてイーグルバグに一撃、さらに一撃を加えたあと、あっさりSSジャンプを行った。コンドルバグは、自分の攻撃が空を切った上に、SSジャンプを終えたスピードマンに予想だにしない方向から攻撃を受け、辛くもかわしたものの、バランスを崩して、へんな声を挙げつつ、ぶざまに地面に転がる。

「つ、強いバグ」
 ただ一人空中、傍目にはゆったりと滑空を続けるファルコンバグは、スピードマンの強さにほとんど恐怖していた。獣人帝國バグーが到達した、究極のバグノイド、無類の運動性能と耐久性、筋力と特殊能力を合わせ持った彼ら三体の飛行バグノイドが、束になってかかってもスピードマンに一撃すら与えられない。高性能の小型爆弾も、彼らが所持する火器も、生体強化ケラチン装甲も役に立たない。頭骸骨に容赦ない一撃を加えられ断末魔の痙攣を続けるイーグルバグも、墜落で痛めた翼をかばい、地上をはいずってスピードマンから逃れようとする、コンドルバグさえ助けられない。

「じ、獣人博士から聞いたことと違うバグ。スピードマンのSSジャンプが、無制限にできるなんて聞いてないバグ」
 冷静な頭脳、高度な知性もまたこの完成型バグノイドの特徴の一つであるはずだが、リミッタを外し、限界を超えたスピードマンとの死闘の経験、あまりにも隔絶したスピードマンの実力が、ファルコンバグを混乱させかかっていた。三体きりで警備を排除し、駆けつけた警察隊、自衛隊までも軽くあしらった自信も、空港を炎上させつつ挙げた凱歌の記憶も、今は遠くに吹き飛んでいた。
「こ、こんなのに勝てるか、バグっ」
 捨てぜりふを吐きつつ翼を翻し、逃亡の可能性に賭けることにしたファルコンバグを、はいずり回るコンドルバグにとどめを刺し終えたスピードマンが追う。連続したSSジャンプのあとだけに、さすがに地上を走っての追跡だが、その脚力は、空中をゆくファルコンバグに勝るとも劣らない。

「いいぞ、案内しろ、基地まで」
 スピードマンは、誰にともなくそう言って、必死の飛行を続けるファルコンバグの後ろ姿を、ひたと見据えていた。

「獣人博士っ、増援を頼むバグっ、スピードマンが、オレを追って、基地にまで入ってきたバグ。今のオレでは、スピードマンに、勝てないバグっ、獣人博士っ。博士っ。ば、バグーっ」
 長いコートと帽子に身を包んだ、獣人博士、グレイバグ、あるいは宇宙人グロクは、ファルコンバグの最期の悲鳴のあと、雑音ばかりになった携帯通信装置の電源を切った。一瞬の間の後、これは通信を通じてではない轟音が基地の司令室に伝わってきた。関西国際空港から秘密の地下道を通ったはるかな海底、地中の空洞に作られた獣人帝國バグーの秘密基地の、出撃ゲートが破られる音が。

「グレイバグっ。さあ、来てやったぞ」
 宇宙人グロクは、ゆっくりと、振り返った。
「来たか。おや、疲れているのではないか、スピードマン?」
 グロクの肩が揺れる。嗤っているらしい。
「勝負だ。グレイバグ」
 スピードマンの右手で、緊急用照明の赤い光を反射してかすかに輝くSSSブレード。しかし、闇よりも暗い赤い光の中で、グレイバグはゆっくりとかぶりを振った。すべて、わかっている、とでもいうように。
「愚かな。それでは、もはや助からぬよ、スピードマン。たとえ『広東住血線虫バグ』をわしが機能停止させたとしても」
 問答無用、とばかりにグレイバグの前にSSジャンプを行い、SSSブレードを横薙ぎにするスピードマン。だが。
(はっ)
 スピードマンは辺りを見回した。周囲には、グレイバグの姿はどこにもなかった。
「SSジャンプか。いや」
 突然、スピードマンの体に重なるように、再びグレイバグの姿が映し出される。グレイバグは、まだ嗤っていた。
「立体映像、か」
 そう、グレイバグの姿は、小型の映写装置から上映される、立体映像だったのである。スピードマンは、銀色の肉体の奥でかすかに自嘲の笑いを漏らした。果たして、そもそもグレイバグ、宇宙人グロクという存在が地上にあったのかどうか。ポレポレだってそうだ。だいたい、病原菌の培養を行っているシャーレに、どんな研究者が手を突っ込んだりするだろうか。
「手向けだ。奥の部屋へ向かいたまえ。スピードマン。そこに全ての答えがある」
 その声を残し、今度こそ、グレイバグの姿は消えた。司令室の一角の扉が開き、この薄暗い部屋に、まばゆい光があふれる。スピードマンは、SSSブレードを握り直すと、ゆっくりと扉に向けて歩み始めた。

<次回予告>
「やぁ、スピードマンだ。次回は『スピードマン最後の突撃』。大阪が獣人帝國バグーの軍勢に今、覆い尽くされようとしている。そして、ぼくの前に獣人帝國バグー最強のバグノイド、ヒューマンバグが立ちふさがる。時間がないから手短に言おう。ぼくは、正義は、必ず勝つ。…と言っても過言ではない。じゃ」


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