第三話『海遊館のスピードマン』

 会社の同僚の登紀子さんをデートに連れ出した各務。デートスポットは会社からちょっと近目の海遊館だ。

「登紀子さん、あれがジンベイザメのジンベイくんですよ」
「各務さん、ここのジンベイザメって、そんな名前じゃなかったような」
「そんなことどうでもいいじゃありませんか、あ、それよりあっち、イワシの群れですよ、うまそうですねえ」
 微妙に取材不足を明らかにしつつデートを楽しむ二人、しかし、彼らを陰から見守る二組の目があった。
「パパったら、もうすぐママの命日だって言うのにあんな人と。もうっ、最低っ」
 そう、彼女こそ各務剛志の娘、市内公立高校に通う高校二年生、各務恵子であった。そしてもう一人。
「ふっふっふ、、スピードマン。今のうちに楽しんでいるがいいバグ」
 もう正体はバレバレであるが、オフを楽しむ関取風のこの男こそ、復仇に燃える獣人帝國バグーの次なる刺客、バグノイド『ホエールバグ』なのだ。

「オムニマックスを見て行きましょうか、登紀子さん」
「うーん、どうしようかなあ」
「あっ、売店だ。このジンベイ君のぬいぐるみ、買ってあげましょうか」
 いまいち息が合わないまま水族館を出ようとした二人を呼ぶ声。
「まああああああああぁぁぁぁぁぁぁてえええええぇぇぇぇぇぇええぇぇ」
「な、なんだこの声は。どこから聞こえてくるんだ」
「外だわ」
 出口に立ちふさがる黒い壁と見えたものこそ、全長一二〇メートル、野球で言うとライトからレフトの守備位置まですっぽりと覆う、世界最大のほ乳類、シロナガスクジラを改造した「ホエールバグ」であった。狭い館内では力を発揮できないと知ったホエールバグは、先回りして獣人化(バグチェンジ)を完成させていたのだ。
「あ、あれは獣人帝國バグーのバグノイド。逃げるんだ、登紀子さん」
「あああ、待って、どこへ行くの、各務さんっ」
 いきなりあさっての方向に走り始めた各務。歩き回ったおかげで変身万歩計は既に一万を越えている。しかし、登紀子さんに変身を見られるわけにはいかないのだ。
「すううううううぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぴいいいいいいいいいいいいい」
 セリフをまだ言い終わっていないホエールバグの巨体に、逃げ惑う群衆、そして、登紀子、恵子。
「いいいいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃどおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉまあああああああああああああああぁぁぁぁぁぁ」
「そこまでだっ、ホエールバグっ。大和煮にしてやるっ」
「んんんんんんんんんんん」
 「ん」を伸ばすのはなかなか辛いのだが、勢い余って潮を吹いたりしてしまっているホエールバグのまえに姿を表したあの男こそ。ああ、我らがスピードマン。
「スッピードっ・マァァン!私が来たからにはもう安心だ。既に長くなっていることだし、これ以上時定数が違う敵に関わってられるか。カモン、SSSブレーっドっ」
 説明しよう。スピードマンの主力武装であるスーパーストリング・スクランブルブレードは、省略形でも呼び出すことが可能なのだ。
「んんんんんんん、んぐっ」
 パキーン。ホエールバグの脳天に炸裂するSSSブレード。部屋にあるパソコンのファンの音のように、今まで聞こえていながら意識に登っていなかったホエールバグの声がピタリと止む。パキーン。パキーン。相手が巨大と見て、スピードマンはさらに容赦なくSSSブレードを振り下ろし、頭がい骨を砕き、脳を破壊する。苦痛にのたうち回るホエールバグ。たちまち返り血で真っ赤に染まるスピードマン。
「やめてっ、もういいわ。罪もない鯨にそんなことをするなんて、なんてヒドイ人なのっ」
 その声にはっと我に返る、スピードマン。戦いを遠巻きに眺める群衆から一歩踏み出した、彼女は、恵子。
「そうだそうだ。こいつが何をしたってんだ。やめろスピードマン」
 茶髪の兄ちゃんの声をきっかけに群衆が口々にスピードマンをなじる。すでにホエールバグはぐったり横たわっている。
「う、うむ。よろしい、これで海遊館の平和は守られたと言っても過言ではない。じゃっ」
 無責任な群衆の罵声に見送られて、走り去るスピードマン。確かにホエールバグは倒した。しかし、獣人帝國バグーがあるかぎり、大阪に平和は訪れないのだ。泣くな、スピードマン。負けるな、スピードマン。

<次回予告>
「はじめまして、みなさん。各務めぐみ子でーす。でも友達はケーコって呼ぶのよ。あの事件から一週間。スピードマンが倒した鯨が解体工場で自爆した以外はなにもない、平穏な一週間だったわ。本当に、スピードマンって最低っ。さて次回は『カニ道楽のスピードマン』。パパったら、私に黙ってカニを食べるなんて、最低っ、だと言っても過言ではない。なあんちゃってね。じゃっ」


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