第四話『かに道楽のスピードマン』

 やっと仕事が一段落したため、またそろそろシーズン到来とあって、会社の部下たちをかに道楽に連れていった各務。プロジェクトのリーダーとはいうものの、部下である石上、岸和田、神野の三人の若いプログラマーたちにはいまいち信用されていない各務であるため、ここは一丁奮発して部下の信頼度を一気に向上させようというのである。若い三人には「かに道楽」でさえめったに来たことがない店であるようだったが。

「それでな、まああのバグについては」
 ここで言うバグとはプログラムのエラーのことである。ほじほじ。
「クライアントの要求が」
 もぐもぐ
「納期と職人魂との妥協点だからな」
 各務だけがなんとか会話を弾ませようと努力しているが、三人は時折相づちを打つだけで黙々とカニを処理している。
「ささ、ビールをもう一杯」
「もぐもぐ。ありがとうございます。もぐもぐ」
 カニにしたのは大失敗だったかと後悔しはじめる各務。彼にとってかに道楽は決して高い店ではないが、この状態は辛すぎる。そして、さらにその各務を陰からうかがう者こそ。
「各務剛志、いや、スピードマン。せいぜいカニをたっぷり食べるがいいバグ。おまえのそのカニを食べる姿が、オレの力になるバグ。ちなみにここは「カニ」なるじゃなくてちからになると読んで欲しいバグ」
 カニ道楽の店員に変装した、バグノイド『カニバグ』であった。彼は、怒りを最高点に達せしめて、その力でスピードマンと決着をつけるべく、今は諾々として同胞の亡きがらを各務たちに差し出しているのだった。

「まだまだ残っているぞ、どんどん食べたまえ」
「あ、いや、そんな、いいっス」
 石上が首を振る。
「あ、ほら、まだカニすきが残っているじゃないか。ご飯なんか後にして、カニを食べないとカニを」
 各務の隣に座った岸和田は、迷惑顔である。正直言って、彼はカニがあまり好きではないのだ。
「いやあ、もういいッス」
「そうかね。もったいないよ。カニに申し訳ない」
(ぐぐ、いいやつじゃないかバグ)
 カニすきを食べる四人を物陰から観察するカニバグは、苦しんでいた。いつ各務がカニに無礼なことをするかと観察していたら、スピードマン、存外いいやつではないか。
(それにひきかえ、あの三人はなんだバグ。カニが美味しくないのかバグ)
「カニって、面倒なんスよね」
 ためいきをつくようにそう言った石上の言葉に、カニバグの鉄面皮が引きつる。そこに投げ掛けられた、
「なんかオレ、カニあんまり好きじゃないし」
 神野のそのセリフに、ついにカニバグの怒りは頂点に達した。
「おまえらあっ。カニをバカにすると承知しないバグよっ」
 バグチェンジを終えたカニバグが厨房から四人のテーブルに向けて走ってくる。甲羅に怒れる武士の顔を刻み込んだ巨大なカニ。周囲の店員や他の客も、一斉にマスクを脱ぐ。バグメイトたちが変装していたのだ。
「う、うわああっ」
 逃げ惑う三人。慌ててカニバグの攻撃をかわし、一目散に店外に向かって駆け出す各務。
「しまった。こんなときに襲われるとは。変身万歩計を速く回さなければ」
 説明しよう。スピードマンの変身万歩計は各務の健康を気づかって付けられているため、各務が不摂生な生活をしていると、たちまち零に戻ってしまうのだ。そして、各務は今の今まで、医者の言うことを無視して熱かんで一杯やっていたのだ。
「ふん。スピードマン。いまは見のがしてやるバグ。お前らも、追わなくていいバグ」
 各務を追いかけようとしたバグメイトたちを制するカニバグ。逃げ遅れ、巨大なカニの憤怒の顔ににらまれた三人は、席で気絶せんばかりに震えている。
「オレのターゲットは、お前ら三人だバグ。クラブシザース」
 ケラチンで出来ているはずのカニのハサミが、その瞬間、確かに金属質の輝きを放った。そして、流血。
「ぐははは。カニを粗末にするやつはこうなるバグ。こうなるバグ。こうっなるっバグ」
 ちょっとお子様向けの特撮では考えられないほどの未曾有の惨劇が繰り広げられる。

「待ていっ、カニバグっ。はあっ、はあっ。ぜい、ぜい」
 繁華街をむちゃくちゃに走り回って、酒が回ったため吐きそうになりながら変身を終えたスピードマンが戻ってきたのはそれから実に一五分後のことだった。さすがに肩で息をしている。
「スピードマンバグね。もういいバグ。おまえと争う気はないバグよ」
「なにを。はあっ、はあっ。言っている。はあっ。とにかくちょっと待て。はあっはあっ」
「カニを食べるなとは言わないバグ。ただ、オレは、美味しく、楽しく食べて欲しかったバグ」
「ぜいっ。だから。ぜひっ。ごほん。ごほ。ぐほ。なにを。はあっ。言ってるんだ」
「スピードマン。これからもカニを美味しく食べてくれ、バグ。バグエンペラー様、万歳」
 爆発。

<次回予告>
「やあ、みんな、スピードマンだ。バッファロー、ホエールときて、そういう路線で行くのかとおもっていたらカニだったからびっくりしたよ。ちなみに、有名なヘイケガニはあんまり身がなくて美味しくないって知ってたかな。でも、みんなは好き嫌いを言っちゃダメだぞ。さて次回は『鶴見緑地のスピードマン』。平和な公園を乱すハエトリソウバグめ、オレは絶対許さないぞ、と言っても過言ではない。じゃっ」


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