業務時間内、部下を指導中に「鶴見緑地にバグノイド出現」の報を受けて、あわてて会社を飛び出した各務。部下も仕事もほったらかしであるが、これも大阪の平和のためだ。納期の遅れがなんだ。急げスピードマン。
「今回は展開が早いバグね」
と、メタなことを言いながらすでにバグチェンジを終えてたたずんでいるのは、ハエトリソウバグ。そして、ここは花博記念公園だ。しかし、晩秋の公園の芝生に生えたその姿こそ恐るべきものであったろう。巨大なワニバサミになった頭部は鋭いトゲに縁取られてぱっくりと開き、ときおり通りがかった虫に反応して閉じては、そのどん欲な胃に食物を送り込んでいるのだ。緑の肉体は、グロテスクな植物のパロディとでも言うべきものだった。
「スッピードっ・マァァン!私が来たからにはもう安心だ」
そこに現れたのは、そう、我らがスピードマンだ。各務は今しがた地下鉄鶴見緑地線鶴見緑地駅を降りてここまで駆けてきたのだ。
「誰に言っているバグか」
「むっ」
辺りを見回すスピードマン。人間の姿は絶えてない。
「大笑いだバグ。この季節の、平日の、こんな天気の、こんな時間に、ここに人なんかいないバグ。それに今日は『咲くやこの花館』も休みだバグ」
「ぐっ。ではお前はなにをしているんだ」
「別になにもしていないバグよ。強いて言えば人生について考えているバグ」
「嘘つけっ。そのワナで、通り掛かりの乳幼児を食べたり消化したりしているんだろう」
「勝手な想像はやめて欲しいものだバグ。それはゲスの勘ぐりバグ。さ、もうどっかに行くバグ。オレは光合成に忙しいバグ」
あのポレポレ野郎め、急がなくても良かったじゃないか、と、彼に指令を出した異星人に対していわれのない憤りを感じるスピードマン。しかし、そう言われて引き返すスピードマンではない。会社はすでに半休扱いになっているのだ。
「そんなわけにはいくか。ええい、バグノイドはすべて抹殺せねばならん。かかってこいハエトリソウバグ」
「いやだバグよ。お前がこっちに来たらどうバグか」
「ぐぐ。減らず口を。言われずともそうしてくれる。カモン、スーパーストリング・スクランブルブレードっ」
各務の右手に輝くSSSブレードが出現し、辺りの空気はにわかに緊張したものに変わった。
「ゆくぞっ」
「勝手にするバグ」
「うりゃあっ」
鈍い音ともに、SSSブレードがハエトリソウバグの頭部に炸裂する。
「全然、痛くもなんとも」
と、その瞬間。やられたと見えたハエトリソウバグのワナが、突然スピードマンをすくい上げ、鋭いトゲでスピードマンをくわえ込んだ。
「ないバグっと。わはははは。引っ掛かったバグね、スピードマン。オレには痛覚はないバグ。おまえのSSSブレードはあまり効かないバグよ。だいたい、オレは植物だからバグチェンジした場所からは動けないバグ。お前から来てくれて本当に助かったバグ。消化液を喰らうがいいバグ」
「ほう、それはいいことを聞いた」
「な、なにい、だバグ」
突然軽くなった頭部に、慌てるハエトリソウバグ。なにしろ、消化液だけがあって内容物が消えると、胃潰瘍になってしまうのだ。
「スクィーズドスペース・ジャンプ。はっはっはっはっは。獣人皇帝バグエンペラーに伝えておくんだな。SSジャンプがあるかぎり、このスピードマンには傷一つつけることは出来ないと」
「ぬぐ。だがどうするつもりバグか。近づいたらまた喰ってやるバグ。千日手バグ」
「こうするさ」
スピードマンは、その辺りに立っていたノボリを引っこ抜くと、その先にSSSブレードを結わえ付けた。なすすべもなく見守るハエトリソウバグ。
「ず、ずるいバグ。反則バグ」
「見物人がいないとはかえって好都合だ。死ぬまでぶっ叩いてやる」
こうして、人影まばらな花博記念公園の平和は守られた。芝生に黒く焼け跡だけを残して自爆したハエトリソウバグを見届けて、スピードマンはまた地下鉄に乗る。しかし、獣人帝國バグーは次なる刺客を送り込んでくるに違いない。スピードマンの戦いは、まだ終わらないのだ。戦え、ぼくらのスピードマン。
<次回予告>
「やあ、みんな、スピードマンだ。植物でもバグノイドができるとは、驚いたよ。っていうか、もう、なんでもアリかよ。ちなみに、鶴見緑地線はどういうわけか車両のサイズが小さいので、まるでおもちゃの電車に乗っているような気がするぞ。さて次回は『日本橋電気屋街のスピードマン』。でんでんタウンに巣くうデンキクラゲバグ。地の利を得たバグノイドは侮れないぞ、と言っても過言ではない。じゃっ」