第六話『日本橋電気屋街のスピードマン』

 休日を家で自堕落にごろ寝して過ごしていた各務のPHSが鳴った。PHSを背広の胸ポケットに入れたままにしていた各務は、慌てて寝室の衣紋掛けのところまで行く。
「はい、各務です」
 と、衣紋掛けに向かって応えるのも妙なものである。
「こんにちは。休日にすいませんね。ポレポレです」
「あ、おはようございます」
「もう十一時ですよ。まだ寝ていたのですか」
「えーと、いや、その」
「指令です。新しいバグノイドですよ」
「は、はい」
 各務を改造した異星人ポレポレは、各務にPHSで連絡をとってくるのである。電子メールであることもある。以前はファックスだったり普通の電話だったり、時には封書だったこともあった。どうやって(そしてなぜ)そういう地球人のシステムを利用しているのか各務にはよくわからない。
「えっ、そうなんですか。はい。ええ、そりゃもう。うはは。では早速向かいます。はい。かならず。いやあ、うはははは」
 各務の寝室のとなりの、自分の部屋で、電話に出る各務の声を聞くともなしに聞いていた恵子は、またパパったらスケベそうな声で笑ってる、と思った。

「スッピードっ・マァァン!私が来たからにはもう安心だ、ってオイっ」
 日本橋電気屋街、某大型電器店のコンピューター売り場である。地下鉄の中でも走ってきたスピードマンが怒っていた。
「脇浜さんはどうしたあっ」
「なにを言っているのかしら。よくわからないバグねえ」
 ほとんど体全体を占める頭部、そこから無数に伸びる触手。白く濁った半透明で、光の加減で向こうが透けて見える巨大なクラゲが、せわしなくその身をくねらせながらそこに立っていた。そう、デンキクラゲバグである。
「くそうっ。ちくしょうちくちょうちくしょう。なんで急いでここまで来たと思ってるんだ。バグチェンジ前のお前が半透明の服着た脇浜さん似の美人だって言うから。くう、それにクラゲだぞデンキクラゲ。いろいろ想像しちゃったじゃないか。うううううう、ポレポレのあほーっあほあほあほーっ」
 なお、脇浜さんとはよみうりテレビの脇浜紀子アナウンサーのことである。怒りに震えるスピードマンだった。
「だいたいそんなので読んでる人が納得するかあっ」

「ほっほっほっ。バグ。何を期待していたのかはわからないバグが、ここがお前の墓場よ、スピードマン」
「そのなりで、女の声でしゃべるんじゃないっ」
「おまえたち、やっておしまい、バグ」
 控えていたバグメイトたちがわらわらと飛び出してきて、スピードマンを取り囲んだ。はっと身構えるスピードマン。
「やっておしまい、って、オレがこんなのにやられるとでも考えてるんなら、その頭の中身はそうとうおめでたいんだな。クラゲ頭ってやつか、デンキクラゲバグ」
「そんな言葉はないバグよ。そして、こっちを見なさい、スピードマン」
 デンキクラゲバグが、その触手の一本に、展示してあったノートパソコンを抱え上げていた。
「うっ、それは。アイブック」
「これを地面にたたきつけられたくなければ、おとなしくやられるのね、スピードマン。バグ」
 そう言いながら、白とオレンジのノートパソコンを、今にも壁に投げつけそうに頭上高く抱え上げて揺らして見せるデンキクラゲバグ。ああ、あまりにも貴重な今注文しても二ヶ月待ちとか言われているアイブックが危ない。スピードマンの周りで、バグメイトたちが奇声を上げて笑う。危うし、スピードマン。

「イ、ヒュィーッ」
 いつの間にか、右手にSSSブレードを握っていたスピードマンに、バグメイトの一体が、殴られて絶命していた。
「わ、なに、バグ」
 慌てて一斉に飛びかかるバグメイトたちだが、スピードマンのSSSブレードや、蹴りや、パンチの前に次々と倒されていく。
 説明しよう。今まで劇中ではよくわからなかったが、スピードマンは素手で殴り合っても結構強いのである。
「そんな説明、いらないバグよっ。聞こえないの、スピードマン。本気よ。本気でたたきつけるバグよ」
「勝手にっ。しろっ、オレはっ、VAIOユーザーなんだあっ」

 数分後、地面に倒れ伏したデンキクラゲバグを見下ろしたスピードマン。
「や、やられたわ、バグ。私の、負け…バグ」
「どうしてだ。最後までアイブックを投げなかったのは」
 SSSブレードでめった打ちにされたデンキクラゲバグは、最後までしっかりとその触手の一本にアイブックを抱えていたのだ。投げるチャンスはあったはずなのに。
「そんなこと…できるはずが…ないバグよ。ただの…脅し…」
「そうか」
「スピードマン。お願い…私はもうすぐ自爆する。その前に…このアイブックを…安全なところに…バグ」
 デンキクラゲバグの手からアイブックを受け取るスピードマン。
「バグエンペラー様。ばんざい」
 そして、もともとめちゃめちゃだった売り場をさらに業火に包んで、デンキクラゲバグは自爆した。
「うむ。いろいろあったが、これで日本橋の平和は守られたと言っても過言ではない。じゃっ」
 簡単なまとめを入れて、そそくさと去るスピードマン。アイブックが一台なくなったことがバレなきゃいいが、と思っていた。

 こうして、大阪に名高い日本橋電気屋街の平和は守られた。デンキクラゲバグに託されたアイブックを娘へのお土産にして、スピードマンは地下鉄に乗る。だが、獣人帝國バグーがこんな敵ばかりであるはずはないぞ。大阪に真の平和が戻るその日まで、ぼくらのスピードマンは、戦い続ける。

<次回予告>
「やあ、みんな、スピードマンだ。今回は全く骨折り損だったよ。これを書いている大西の及び腰にはうんざりってとこかな。ちなみに、デンキクラゲは刺されるとビリッと来るけど、別に電気とはなんの関係もないぞ。さて次回は『強敵!装甲バグノイド』。かつてない強力なバグノイドが阪急電車梅田駅を襲う。でも、スピードマンは負けないぞ、と言っても過言ではない。じゃっ」


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