第七話『強敵!装甲バグノイド』

 阪急電車梅田駅にバグノイド来襲、との連絡を受けて、昼休みの会社から抜け出した各務。昼ご飯に「テキにカツってねっ」などと言いながら性懲りもなくトンカツなどを食べてしまったため、変身万歩計はほとんど回っていない。急げ各務。

「はっはっはっは、バグ」
 阪急百貨店の高い天井の下、バグノイドの声が響く。巨大な緑黒色の甲羅を背負った凶悪なバグノイド。獣人帝國バグーの新たな刺客、ゾウガメバグである。
「お前らみんな人質バグ。そこから動くことは許さんバグ」
 平日昼間で込み合う通行人たちを、バグメイトたちが取り囲む。群衆の中から突如現れた黒づくめの戦闘員に、人々は息を飲む。わけがわからないまま、梅田駅のほうに走って逃げ出そうとした女性が乱暴に捕らえられ、悲鳴を上げて座り込む。
「逃げようとしても無駄だバグ。お前らは、獣人帝國バグーの礎になるのだバグ」
 薄暗い構内はたちまち阿鼻叫喚の巷になる。逃げ惑う人々。バグメイトに回りを取り囲まれた数人が、囲みを抜けて地下街のほうに駆け出した。慌ててバグメイトたちが取り押さえようとするが、逃げ切られてしまう。それでも、二十人あまりの無辜の市民が、バグメイトで出来た輪の中に取り残されることになった。
「むむ、ここはちょっと人質をとって立てこもるにはオープンすぎる場所だったかもだバグ。おまえら、しっかり見張らんか、だバグ。……むっ」
「警察だっ、直ちに人質を解放しろ。動くと撃つぞ」
 曽根崎警察がすぐそこなのである。逃げた通行人が呼んだらしい、十人あまりの警官隊が現れ、ゾウガメバグと対峙した。
「はっはっはっは、バグ。やれるもんならやってみろバグ」
 人質を盾にとろうともしないゾウガメバグ。その異様な姿に気圧されるように、警官隊から何発か拳銃弾が打ち込まれるが、すべて甲羅に弾かれてしまう。
「効かん、効かんだバグ。偉大な獣人帝國バグーの開発した『生体強化ケラチン装甲』にそんなちゃちな拳銃が効くと思っているのかバグ。タートルネックハンギングっ」
 カメの姿に似合わぬ意外な素早さで警官の列に走り込んだゾウガメバグが、不運な警官ののどをその腕で捕らえ、高く持ち上げた。爪がのど笛を切り裂き、警官が断末魔を上げる。たちまち血で染まる阪急百貨店。酸鼻な光景に悲鳴を上げる群衆。警官隊も思わず後じさりをはじめる。
「はっはっはっは。手ごたえがないバグ。スピードマンはまだか、バグ」
 ああ、急げ、各務剛志。JR大阪駅前の「あと三〇秒」と出ている信号の前で足踏みしている場合じゃないぞ。なんで歩道橋を使わないんだ、スピードマン。

「応援だ、応援を呼べ。機動隊を」
 ぐったりした仲間の体を抱き起こして、隊列を組み直す警官隊。
「はっはっはっは。何が来ようと同じだバグ」
 ゾウガメバグの高笑いに、生きた心地もしない人質たち。
 と、そこへ。

 現れたのは、十数体の金属の兵士達だった。白と黒の警察塗装に塗られたボディ、ボディビルダーのパロディのような巨大な金属の鎧。
「な、なにものだ、バグ」
「第一小隊、突撃準備、目標、前方のカメの化け物っ。突撃っ」
 号令一下、素早く隊列を組み立て、ゾウガメバグに向けて駆け出す重装警官たち。「大阪府警」と書かれたジュラルミンの盾を構え、ファランクスを作っているが、彼ら自身が既に金属の壁であった。そう、大阪府警は、増加する凶悪犯罪に対抗するため、九七年から機動隊の一部に、警察用強化装甲服『ドミニオン』の配備を開始していたのである。不意をつかれたゾウガメバグは、有効な迎撃を行えないまま接近を許してしまう。そして、その一瞬が勝負を分けた。

「な、なにをする、バグ、はなせ、バグ」
 『ドミニオン』の力強いパワーアームが、がっちりとゾウガメバグの首根っこをつかみ上げる。必死で甲羅の中に逃れようとするゾウガメバグだが、バグノイドの力をもってしても、スーパーコンダクティブモーターが生みだす2,500kgWのパワーは容易に振りほどくことができるようなものではない。重量でも完全にゾウガメバグを凌駕していた。苦し紛れにいっぱいに伸ばされたゾウガメバグの生体強化ケラチンの爪が『ドミニオン』の金属のボディを引っ掻き嫌な音を立てる。だが、さしもの硬化ケラチンとはいえ、おなじく銃弾を弾くように設計された高張力鋼のボディは容易に引き裂けはしない。
「こちら、第二小隊。戦闘員を取り押さえました」
 バグメイトはゾウガメバグほどの抵抗もできずあっさりと取り押さえられている。たちまち解放され、四方八方に逃げ出す人質たち。
「こ、こんなはずでは、バグ。ぐっ」
 薄れ行く意識の中、ゾウガメバグは、今自爆してもこの警官さえ殺せはしないんだろうなあ、と思った。

 数分のち。スピードマンは、ひとり阪急百貨店にたたずんでいた。既に、現場検証が始まっている。
「えーと」
 スピードマンは黒い焦げ跡がタイル引きの床に残っているのを見て、独り言のように、言った。
「阪急百貨店の平和は、守られているみたい、だなあ。帰るか」
 寂しげな後ろ姿を見せて、スピードマンは去ってゆく。

 こうして、未曾有の強敵ゾウガメバグは『ドミニオン』部隊が制圧した。日本の警察もまだまだ捨てたものじゃないが、さいわい、獣人帝國バグーからの刺客は主としてスピードマンと戦いたいらしい。できたら国家権力には頼るな、スピードマン。一人で戦え、スピードマン。頑張れ、僕らのスピードマン。

<次回予告>
「ええと、いちおう、スピードマンです。生きててすいません。ほんとうにぼくはここにいてもいいのかなあ。ちなみに、大阪の警察がパワードスーツを装備しているという噂はデマだ、と聞いていたんですけど。さて次回は『通天閣のスピードマン』。蛾のバグノイド、モスバグが通天閣を襲う、と思います。大阪のシンボルを絶対守って見せるぞ、と言っても過言ではない。のかなあ、本当に。とにかく、じゃっ」


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