大西科学落語劇場「アイエスディーエヌ」

  (本編より楽しい枕なんかがあったりいたしまして)

 最近はインターネットインターネットと草木もなびく、てな時代はちょっと過ぎたかもしれませんが、とにかく昨今ではパソコンを買ったらインターネットというのが常識になっております。ところが、普通の御家庭からネットワークに繋ぐとなると問題になるのが電話線。何しろ御家庭にはこのより線一本しか来ていないわけで、なんとかこれで工夫して繋ぐしかないのですが、私らのように昼間はぶっとい専用線の引いてある職場でのうのうと接続しておる者からは想像できないほどの苦労をしているようであります。

「だんだん。おってかー。だんだん。おってでっかー」
「なんや、こない夜さりに、表、だんだんたたくやつがおるで」
「だんだん。おってないかー。だんだん」
「わかったわかった。そないたたいたら扉めげてまうがな」
「だんだん。おってないのんかなー。だんだん」
「はいはい。いま開けるさかいそない叩きいな。がらがら。なんや徹ちゃんかいな」
「あ、ご隠居、おったったんか。わし、また死んどるのと違うかと、いつ扉を破って突入しようか思て」
「なんやえらいこと言うやっちゃな。わしがなんで孤独死せなあかんねんな。生きとることがわかったらもうええやろ。もう去に」
「いや、ちゃうねやがな。どうしてもご隠居に聞かなわからへんことがでけてもて、それで聞きにきたんやがな」
「こんな夜さりにかいな。どないもしゃあないやっちゃな。まあ、もうわし、がいよう目え覚めてもたし、かまへんわ。お入り」
「や、すんまへんな。ほな、こないして上がらしてもらいまっさ。あ、大きに、お座布ですな。お茶はでえへんのかな」
「あんた夜中にわしのとこまでお茶よばれにきたんかいな」
「せやせや。あれや。ISDNや」
「ISDNて電話のかいな。ISDNがどないしたんや」
「ご隠居、わし、悔して悔して。よよよ」
「いきなり泣き始めたわ。忙しいやっちゃなあ」
「よよよ。それが、ぐじぐじ。かねやんがぁ。あーんあーん」
「こらこら。かねやんがどないしたんや。こらあかんわ。とりあえず泣きやむまで待っとこ」
「あーんあーん」
「…」
「あーんあーん」
「…」
「あーん。ぐじぐじ」
「…」
「ぐじ。ぐすんぐすん」
「…」
「ぐす。えっえっ」
「落ち着いたか」
「すんまへん。わし取り乱してしもうて。なんか、泣いたら落ち着いたわ。わし、これで去にまっさ」
「ほうか、あいそなしでな、って、待ちいな。どないや、話してかんかいな」
「いや、わし急けんねん。これからISDN、購うてこんとあかんねん」
「ISDN購うてくるて、いまからやとNTTも閉まっとるやろ」
「は、ISDNはNTTで売ってまんのんか。倭寇電機ではあかんか」
「あかんことないとおもうけど、いやあかんか。だいたいこない夜さりにどこもやっとるかいな」
「そらそうやな。いや、まてよ。やっとるかもしれん。倭寇電機やし」
「やってへんわ。まあ、話してゆき」
「そや、聞いてえな、御隠居はん。かねやんが、うちにきたんや」
「かねやんて、あんたの後輩のかねやんかいな。それで泣いとったんか」
「ほかにかねやんがおるかいな。なんやうちに久しぶりに遊びにくるゆうから、わし、いろいろ用意して待っとったんや」
「ほうか」
「あのかねやんや。うちに来るゆうからには滅多なもん出されへん。酒購うたり、つまみ購うたり、この酒が高っかい酒や。わし一人やったら絶対飲まへん。ピュアモルトの大吟醸っちゅうやつや」
「ウィスキーに大吟醸があるかいな」
「つまみはシャウエッセンや。二袋四百円でイトーヨーカドーで購うてったやつやけどな。いつもやったらワシの二食分のおかずになるやつや」
「もうちょっとエエもん食べえな」
「それや、かねやんも同じこといいよるねん」
「え、ほんまかいな」
「そうやねん。ウィスキーもあいつ、飲まへんねん。僕は洋酒はちょっと、とかいいよって」
「なんちゅうこっちゃ」
「わし、わざわざコンビニまで日本酒買いに行ったがな。あほらしい」
「悪いやっちゃなあ、かねやん」
「まあ、そこまではええねん。かねやんの好みも知らんと酒購うたワシも悪いねんから」
「やけに殊勝やないか。どないしたんや」
「そこからや、そこからなんや」
「ああ、そういうことかいな」
「ワシ、部屋にパソコン置いとるねん。たいしたパソコンちゃうで。五年選手やねんから。でも、ワシ結構現役で使ことるねん」
「その話題になったんやな」
「そやねん。ワシ言うたったんや。これがワシのパソコンやゆうて」
「はあ、そしたら」
「そしたらあいつ、マックですやん、言いよるんや。なんや、マックやけどそれがどないしたんや。ゆうとくけどマック言うたかてなめとったらあかんど。パワーピーシーの100メガヘルツ積んどるんや、ゆうたったんですわ」
「おう、ほしたら、どない言いよった」
「ははあ、パワーピーシーの100メガヘルツ。それはペンティアムになおすとどうなりますか」
「どうもならへん。せやけど、だいたいペンティアムと同じやゆう人もおるな」
「今どき100メガでっか。MMXはどないだす」
「MMXは、ないんや」
「そうなんや。わしそれでカーっとなってもて、そら古いかもしれん。遅うて見てられへんかもしれん。せやけど足回りだけはちゃんと増設しとるんやて、ゆうたったんですわ。見てみい。56kモデムや。高速インターネットや、て」
「それはなかなかたいしたもんやないか」
「それがあいつ、ISDNちゃうんですね、ていいよったんや。わし悔して悔して」
「なるほどな、それでどないしたんや」
「も、どないもこないもありますかいな。ぽんぽーんとゆうたったわ。おっしゃ。ISDNとちゃう、えらい悪いこっちゃった。ほな今購うてきたるさかい、そこで待っとれ。そないゆうて今出てきたところや」
「それでISDN購うてくる、ゆうとったんやな。わかったわ」
「ほな、わし、倭寇電機行ってきまっさ」
「待ちいな、待ちいな。そない急けんでもよろし。わしになんぞ聞きたいことがあったんとちがうんか」
「そやそや。ISDNってなんだんねん」
「ええかげんなやっちゃなあ。まあ、ええわ。教えたろやないか。まず、ISDN引くいうたて、いろいろ買わなあかんねんで。たとえば、TAとDSUっちゅうもんがいるんや」
「はぁ。そうなんでっか。TAてなんでんねん」
「TAはターミナルアダプタや。アダプターはアダプタ、と発音するのがコツや」
「ははあ。アダプタ。そしたらDSUは」
「DSUは…そない言うたら知らんな。いや、そんなことは知らんでもええんや。知らんでもよろし」
「そんな殺生な」
「CDのことをコンパクトディスクとか、ATMのことをオートマチックテラーマシーン、とはいわへんやろ。電気屋に行ってターミナルアダプタ、言うてもきょとんとされるだけや。TAとDSUくれ、言うたらええんや」
「なるほど。なんやごまかされたような気がするけど。とにかくティーエーとディーエスユーやな。そしたら、ISDNてなんのことでんねん」
「ISDN、ISDNな。…」
ご隠居、しばらく考え込みますが、パッと気がついて。
「あ、そや。思い出した。ISDNか。これはな、アサヒネット方式というもんや」
「アサヒネット」
「知らんか。アサヒネットはな、入会すると会員に番号みたいな八桁のコードネームをくれるんや。最初の四桁はランダムな番号、ハイフンが入って、後の四桁が名前になる。せやけど、四桁しかないから、文字の頭を繋いだもんになるねん。大西ならoons、中村ならnkmrや」
「ははあ。わしやったらmykやな」
「そうや。かねやんやったらtnkや」
「そうすると、ISDNはどういうことなんでっか」
「いっしょでんねん」
「IsShoDenNen…ああっ。それでこの落語は大阪弁やったんか」
「こらこら。登場人物がそんなこと言うたらあかん。メタ落語になる。それに大阪弁とはちょっと違うんや。播州弁や」
「そんなマニアックなこと誰が気にしまっかいな。それで、なにがいっしょでんねん」
「これはな、NTTが、ISDNにしてもそんな変わらへんで、ということを言うとるんや」
徹、首をかしげまして、
「変わらへんねやろか」
「変わらん変わらん。なにが変わるかいな」
「せやかて、128kになる、言うとるで。ろくよんろくよんいちにっぱ、て」
「今56kbpsのモデム使ことる、て言うとったな」
「せや。V90や。世界標準やで」
「それはもうええ。ま、考えて見、56kbpsいうたら64kbpsとほとんど変わらへんやないか」
「え、128kbpsですやろ」
「電話線二本使こたらな。回線使用料もプロバイダへの支払いも二倍や。それでもええのんか」
「あ、そうか」
「それで、二倍早いかていうとそんなことはないんや」
「ははあ。ボトルネックっちゅうやつやな。ワシのモデムも、28.8kbps時代とそない変わらんな、と思とったんや」
「そや。もっともテレホーダイ使こて、そんで定額制のプロバイダやったら別やけどな」
「なるほど。うまいことできてるなあ」
徹、手をたたいております。
「わかったら家に帰ってかねやんに言うたり」
「そないしますわ。大きに」
「おお、愛想なしでな」

こうして、ご隠居のところを出ました徹っちゃん、自分のうちに帰ります。
「でもほんま、愛想て、茶も出えへんかったな。あのご隠居、物知りやけど、人の道っちゅうもんを知らん」
勝手なことを言っておりますが。
「しかし、アサヒネット方式か、ええことを聞いたな。NTTも味なことをしよる。お、そんなこと言うとるうちにワシの家や」
がらがらがら。
「今帰ったで、かねやん。お待ち遠」
「あ、徹さん、おかえりなさい。突然どこ行ってはったんですか」
「ちょっとな。あ、なんやおまえ、ワシのウィスキー飲んどんのか」
「ええ、なんか飲むものなくなっちゃって。勝手にいただいてます。インターネットも繋ぎっぱなしですけど、いいですよね」
「なんやお前。遅いとか言うとった癖に。それにお前洋酒は飲まへんとか言うとったやんけ。まあ、それよりもや。かねやん、ええこと聞いてきたで。アサヒネット方式や」
「なんですか、それは」
「あのな、アサヒネットでは、会員に八桁のコードネームがつくんや。前の四桁はランダム。後ろの四桁が名前や」
「はあ」
「渡部ならwtb、ふかだならfkdや」
「それがどないしたんですか」
「つまり、ISDNや。ISDNはアサヒネット方式やったんや」
「え」
「ATMのことをアブソリュートテラーフィールドといわへんのと同じや」
「なにを言うてはるんですか。わけわからん人やなあ」
「ISDNみたいなものはいらん。ボトルネックがあるからおんなじなんや、て言うとるんや」
「何や、ようわかりませんけど、それとアサヒネットと、どんな関係があるんですか」
「つまり、ISDNは…、なんやったかいな」
「なんやったかいな、て、しっかりしてくださいよ」
「えーと。『一生台なし』とちがうし、『いっしょうさん同年』、これはわかる人にしかわからへんな」
「もうええですわ。それにしてもこの回線、遅いですねえ。パソコンが遅いんかなあ」
「まだそんなこと言いよるんか。ええい」
「あ、またどっか行かはるんですか。そんなに急に」
「倭寇電気や。ごっつ速いパソコン購うてくるから驚くな」
「こんな夜中から行かんなんことないやないですか」
「止めんといてくれ。何しろワシ、『急いどるねん』」


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