先日書いた「パペポTV」の中で、笑福亭鶴瓶が披露していた話の一つに、サルというのは、実はかなり大したものなのではないか、というアイデアがあった。
なにかのきっかけからオオカミに育てられた人間の赤ん坊が、手を器用に使ったり会話したりといった、人間としての性質を失ってしまうのはよく知られた事実である。では、人間にある程度近い生き物、たとえばサルがサルになるのはサルの中で育つからであり、人間の中で人間として育ててやればかなりのところまで人間に近づくのではないだろうか。全身の毛を剃り落として、あなたは人間だよ、と言い聞かせて育て、小学校にも入学させてやるのである。どこかで自分がサルと気がつくまで、彼は人間として育つのではないか。
そんなバカな、と思われる方もいらっしゃるかとおもうが、これは実はかなりいいところを突いているらしい。といっても日光猿軍団のことではない。私もその時は知らなかったのだが、人間とサル族との相違、ひいては人間の知能とは何かといった命題に迫る道の一つとして、こうした研究は実際に行われており、中でも知能の高いサル族の中には、人間と手話を使って話をするものさえいるのである。
かつて動物漫画の名手と呼ばれた飯森広一氏の作品に、人工的に知能を高められた「アイン」というサルの物語があるが、そういった研究は(薬物などの特殊な手段は使っていないにせよ)漫画の世界だけではなく、現実に行われている。それどころか、こうして高度な思考を行うように訓練されたサル族の中で、特に優れた成績を残した者の中には、抽象的な思考を操る能力の主さえいるのだ。
意外なことに、サル族には人間の言語をしゃべるのは難しいらしい。多分声帯か口内の構造、あるいは脳の言語野の違いなどに起因するものだと思うが、彼らとの会話は音声を用いたものではなく、他の手段、たとえば手話に限られている(くだんの「アイン」でも、会話はコンピューター経由だった)。しかし会話の内容に関して言えば、その高度さに本当に驚かされる。
最近読んだある記事に、「インターネットでゴリラと対話」と題して、コンピューターネットワークを介してゴリラの「ココ」と人間とが会話を行った、というトピックスがあった。
記事によれば、ココは手話を使って人間と会話する能力をもつ雌ゴリラで、このたびAOLでのリアルタイムチャット(つまりインターネットではないのだが、ま、大目に見て)に参加、人間のネットワーカーと雑談を楽しんだ、という。
この会話の目的は、たとえばAOL会員をだまそうというような実験ではなく、ただのおもしろい試みだったようだが、たとえば最近読んだ本(本を読んでいるらしいのである)に関しての突っ込んだ感想や、科学の研究の現状についての意見など、あちこちの掲示板で駄洒落ばかり書いている私などとは一線を画した発言が記録されている。さらに、「あなたの電子メールアドレスは?」という質問に答えて、
「Lips loose ships sink」
と、第二次大戦中の標語(おしゃべりは船を沈める、スパイにご注意、というような意味)を引用して答えているところなど、ヘタな高校生よりよほど知的なところである。それにしても、彼女は電子メールのアカウントを持っていて毎日チェックしていたりするわけであろうか。AOLとは恐ろしいところである。
このココなど、ゴリラの中でもよほど例外的に知能の高い、いわば天才に属するゴリラなのだろうが、ちょっと面白いのは、彼女らに子供ができると、こうして後天的に獲得した手話などの能力を、ちゃんと子供に伝えているということである。言語を使って世代から世代へと知恵を受け渡すという、人間に備わった能力を発揮しつつあるのだ。ま、もっとも猫が子猫にネズミの取り方を教えたり、鳥がヒナに飛び方を教える場面などを見ると、必ずしもこの世代間の知識の伝承が、人間のみに与えられた能力でないことはわかるのではあるが。
チンパンジーがシェークスピアをタイプする、という話がある。でたらめにタイプライターをたたくサルでも、十分長い時間を使えば(この時間というのは宇宙の寿命よりも遥かに遥かに遥かに長いのだが)シェークスピアを、そして他のどのような文章でも、打ちだすことができる、というものだが、このように世代間で知識が伝承されて、サル族全体の文化度が上がってくると、実際にチンパンジーが雑文を打ったり、オランウータンがホームページを運営する日は、それほど遠いことではないのかもしれない。
もしそういうことになったら、ホームページを見て知りあって、メールのやり取りがあって、ああ、スポーツがご趣味ですか。一緒にサッカーでもしませんか、ということで集まってみてはじめて相手がサルだったということがわかる、なんてこともあるかもしれない。ネットおかまならぬ、ネット猿だ。そこでやるスポーツは五対五でやるミニサッカーで、それはフットサルなどと書いている内容の低俗さでは、早晩私のページはサルに負けることになるだろう。