外国人による日本人の描写として、雑談ができないとか、気の利いた言葉がいえない、という性格類型にされてしまうことが多い。これは私にも思い当たる節があって、やはり自分の不得意な言語では普段の軽口も駄洒落も使えないので、つい聞き役に廻っていることが多い。英語が不得意だから黙っているのを、そういう性格だとされてはたまらないが、そういえば確かに外国人の方は一般に、自分の母国語であるかないかに関係なく積極的に会話する傾向にあるようだ。
たとえば、いま私のオフィスでの隣の席にも外国人の方がおられるのだが、あるとき仕事をしていて、「オーニシサン?」と呼ばれた。私はよくその方からコンピューターに関する質問を受ける。「はい、なんざんしょ」と英語で返事をしてその人の机のところに行くと、壁の写真を指さして何か言っている。「え、何スか」「この写真だけどね、いまウェブからダウンロードしてプリントアウトしたのだけど、これ、結婚式の写真で、この左の人がルーマニア人で、でも、今イギリスに職をもっていてそっちにお住まいなんだけど、こちらのお二人がその方の両親で、こっちが奥さん。日本人でね、こっちにこのかたの両親が、あらまあ、お父さんが切れちゃっているわ。ま、とにかくこの方もいまイギリスにいらっしゃるのよ」「はあ」
私は、いつ質問になるんだろう、と思って聞いていたので面食らった。全くの雑談としてその話を持ち出されたようなのである。こちらは「この写真、ちょっと暗いので、なんとか補正できないか」とか、そういう展開になると思っていたのである。雑談だったのなら、なにか一言「ははあ、お嫁さん美人っスね」とか「お婿さんのお母さん、赤いっスね」とか「お嫁さんのお母さん、ピンクっスね」とか、それっぽいことを言ったほうが良かったのだが、それを思いついたのは「ははあ、そうですか、なるほど」と芸のないことを言って席に戻ってきてからであった。
英語は彼女にとっても外国語なはずで、それにしては物おじしないでいろいろと話をするものなのだなあ、と感心したのだが、一つ言えることは、私ならそういうオチのない話をするためにわざわざ人を呼び止めたりしない、ということだろうか。英語と日本語にかかわりなく、雑談で新しい話をするときには、必ずなにかひとつ面白いところを作っておかなければならないという気がする。当然相手にもそれを要求するところがあって、こういうオチのない話をされると、もうどうしていいやらわからない。とはいえ、語学の習得には何でもいいから話すことが大事なので、そういう受けをとってやろうなどという色気なしに、つまらないことでも何でも話したほうがいいのかもしれない。
さて、以上の話とは関係ありそうでそんなにない話である。あるとき、みんなで社員食堂に昼ご飯を食べに行った。その時私はカレーを食べていたのだが、カレーなものだからみんなよりかなり早く食べ終わった。テーブルでは雑談が続いているが、ちょっと自分とは関係のない話になっていて、すこし手持ちぶさたな、そういう雰囲気である。
私は手もとのレシートをもてあそんでいて、たまたま、本当に何気なく折り紙の「鶴」を折った。折り紙に熱中していたわけでもなく、他人の話に適当に相づちを打ちながらぼちぼち折ったのだが、ふと、向かいの席の女性が、さっきの方とは別の、この方も外国人だったのだが、じっと私の手もとを見ていることに気がついた。
その時の私の気持ちがおわかりだろうか。自分の行為への再認識がもたらす驚愕と羞恥に身が震える思いだった。言い換えると「しまったあぁっ」という感じであった。これじゃあ、まるで、新しく買った高価なおもちゃをそれとなく見せびらかして、そのことを相手に聞かれるまでうずうずしながら黙っている子供のようではないか。さらに、外国人に自国の文化(しかもたいしたことない)をひけらかすダメ日本人ではないか。だいたい、レシートの切れ端で片手間に折った鶴は、かろうじて鶴なのだが、くちばしの先などがいかにもぞんざいに仕上げられているのだった。
「まあ、オリガミね。日本人って器用ね」
絵に書いたような展開である。ここはNHKの語学教室ではないのだ。ああ、そんなつもりじゃなかったんですよ、ホント。
「あ、まあね、ちょっと折ったですよ。く、癖で」
ごめんなさいごめんなさい。本当に私が悪かったです。頼む、この話は、やめよう。
「これ、何を折ったの?」
つる、鶴、つる…
「鳥っス」
日本人の皆さんごめんなさい。私は裏切り者です。
「鳥。なるほど、ぱたぱた、ね。ねえ、これ私に、いただけない?」
あわわわわ。
「ええ、どうぞ(にこっ)」
「ありがとう(にこっ)」
その場を、いや、私の動転した気持ちを取り繕うべく、このあと、日本ではこれをたいてい授業で作るのでみんな知っている。というのも、これを千個作るとドリームズカムトゥルーすることになっているからだ、友達が入院するとだからみんなで折るのだ、というようなことを話してそれなりに話が弾んだわけだが、いやいや。図らずも非常にダメなコミュニケーションのとりかたを実演してしまった私であった。
ところで、差し上げたあの鶴、「オーニシサンにもらったの」っていって他の日本人に見せるのだけはやめて下さい。私がそんなことをしたってみんなにバレたら、ああ、バレたら。顔向けできなくなってしまいます。