「農協祭り」をご存知だろうか。祭り、といっても、屋台が出て花火が揚がって盆踊りがある本当の祭りとは違う。しかし「春の交通安全祭り」のような(そんなものはないが)「キャンペーン」という意味で使われるエセ祭りよりはずっと原義の祭りに近い催し物である。そういえば、本屋で良く見かける「なんとかフェア」というのは、あれはなんだ。別に本が安いわけでもプレゼントがあるわけでもなく、その作家やあるジャンルの本を出版社が増刷して書店に並べるというだけのものではないか。読者からするとちっとも祭りではないのだが、たぶんフェア対象の作家にとっての収穫祭なのであろう。
農協祭りは、ぶっちゃけて言えば、農協の近くの空き地を使って行われる販促キャンペーンである。農協の購買部、というのは農協の経営するスーパーマーケットのような店のことだが、その出張店舗が出るほか、農機具を初めとするさまざまなアイテムが小学校の運動会なんかでよく見る天幕の繋がった、テント村のようなところで展示され、売られている。要するに展示即売会である。ただそれだけなら「なんとかフェア」と同じだが、婦人会が軽食を作って売っていたり、そのほかいろんな団体が食べ物を売っている。少しだが、屋台も出ている。
小中学生のころは(なにぶん娯楽が少なかったので)ずいぶん楽しみにしていたりしたものだが、まあ、どうということはない。ただ、大学生時代を経験して改めてこの風景を見て、ようやくわかったことは、これは大学祭の雰囲気に非常に近い、ということだ。婦人会、青年団のような団体が主催する模擬店は、まさに大学祭であるし、そのほかこういう催しを計画して、実行するのは農協に勤める人たちにとって非常に面白いことなのではあるまいか。
さて、なぜ私がそんなところに出かけていったのかというと、祖母から「鍬」と「箕」を買ってくるように頼まれたからである。組合員たちの購買意欲を高めるためか、農協は例のふるさとクーポンに先んじて商品券配付戦略に出たらしい。そんなわけで、懐には一点券(千円)と書かれたコピー製版の商品券が三枚入っている。これプラス現金で「鍬」と「箕」を買うのである。鍬は端が持ち上がったものでなければならない。そうでなければ土が持ち上がりにくいからである。そういえば、普段はそんなものがどこに売っているのだろうか。もしかして、農家のみなさんは一年のこのときに限ってこれらの品物を手に入れることができるのだろうか。私は首をひねりながら、車を飛ばした。
会場に到着して、まず、そのひとごみに驚いた。いくら今日限りとはいえ、この小さな町のどこにこんなに人がいたのかという人出である。しかも意外に会場が広く、入り組んだテント村が迷路のようになっている。戦後まもないころのヤミ市はこういう感じだったのではあるまいか。狭い通りをたくさんの人が行き来している。出ている店は、狭義の農協、つまり農協購買部の出店である食料品売り場のテントをはじめとして、焼きそば屋などの模擬店、婦人会出店のうどん/ぜんざい屋などが並んでいる。うどん/ぜんざい屋とはわけのわからない品ぞろえだ。この婦人会の店というのがまたなんというか、買ったうどんなどを食べる場所としてテーブルと長イスが用意されているのだが、そこにびっしりと人が並んでいる様は、まさにヤミ市であった。こんな混沌の市場の中から、なんとしても端の持ち上がった鍬と箕を探しだしてゲットしなければならない。
まず、会場の入り口には屋台が並んでいた。私の幼いときと比べても何の変化もない夜店である。もちろん同時代を生きるこの業界のこと、何の変化もないわけはないのだが、綿菓子の袋がピカチュウになっているくらいのことである。おっと、ドラえもん焼きってなんだ。ああ、ドラえもんの形をした人形焼きか。なんか猟奇的なネーミングだが、Fに了解はとってあるのだろうなFに。
私は人をかき分けるように奥へと進んでいった。さまざまな農産品をまんべんなく並べている店、干し椎茸のような単品に力を注いだ店、妖しげな脱臭スプレーを通り掛かりの聴衆に売り込んでいる店など、さまざまである。ポップコーンのように米を爆発させて作る懐かしのポン菓子製造機や、色といいネーミングといい、やけにおいしそうな「ももジャム」などに魅かれたりしながらも、私は歩いてゆく。こんなところで商品券を使ってしまうわけにはいかない。それにしても農機具を売っている店はない。農作業用の大型機械がならんだテントまでやってきて、強いて言えばこれに近いか、と見回してみるが、そこから先はどんどん機械が巨大化してゆくだけだった。列の最後にはモビルスーツみたいな大型農機が置いてあるのが見えた、といったら信じるかあなたは。
それでも、小道から小道へ、テントからテントへと見て歩いているうちに、ようやく金物を商う店にたどり着いた。テントの軒先には、タワシから仏壇まで、その他何に使うのかよくわからない器具が山と積まれている。RPGでよくある武器と道具の店はさもあらん、という風情である。
「この鍬を一振りもらおうか。それから、あの箕をもらおう」
「お客さんもお目が高い。それはさる勇者が使っていた『ひかりのくわ』だ。2200ゴールドになるよ。おっと、お客さんは『あさつゆのみ』を装備できないが、それでも買うかね。こちらは800ゴールドだ」
というような会話があって、私は「しょうひんけん」を使ってこれらのアイテムを手に入れた。「ひかりのくわ」といってもタダの鍬であるが、買ったばかりの鍬は先にハガネが使ってあったりして刃物そのものである。これらを下げたままひとごみの中をかき分けてゆくのは骨が折れることであった。もちろん鍬は端が持ち上がっている。ぬかりはない。ぬかりがあったらネタになってオイシかったのだが、店先には他に鍬はなかったから、しかたがなかった。
任務を果たして安心した私は、次の目的である福引き場を訪れることにした。鍬と箕を買ったからではなく、これも組合員に配られる福引券を使うのである。腕が鳴るところである。一等がガスコンロという脱力くじびきではあるが。私は、会場を見下ろす位置にある福引き所に入り、鍬と箕を床に置いた。懐からとりだした福引券を取りだし、係のおねえさんに渡す。福引きマシーンは、よくある八角形のアレである。こいつには以前、煮え湯を飲まされている。「5等です。そちらのカゴからひとつお取りください」と言われたカゴに、わさびとからしとしょうがが山のように入っていたのだ。しぶしぶねりわさびチューブをもらった私は、今日までひそかに復仇の機会をうかがっていたのである。
私は気合いを入れて装置を一回転させた。ころりん。
「3等です。そちらから一つお取りください」
まあ当たりといっていい。「そちら」のワゴンには、お茶の葉と、「ももジャム」が。
こうして「ひかりのくわ」と「あさつゆのみ」、それから「ふしぎなジャム」を手に入れた私は、会場を後にしたのだった。それにしても、アイテムがいっぱいだな。なにを捨てますか。
捨てずに持って帰った「ももジャム」がおいしかったかどうかは、次のレポートをお待ちいただきたい。