あなただけでも

 まこと、世界は広い。普段生活している範囲を越えて一歩足を踏み出すと、無限の世界が広がっていることに気がついて驚いてしまうことがある。今日の私はまさにそういった体験をしてきたところである。昼ご飯に性懲りも無く牛丼を食べに行ったのだが、帰りにちょっと違った道を帰ろうと思って裏道にはいったのが運の尽きであった。自転車に乗っていたのだが、次に述べる「自転車三原則」を遵守していたところ、すさまじい回り道になってしまい、どうしてもアパートに帰り着けなくなってしまったのである。平たく言うと、道に迷ってしまった。「自転車三原則」とは、次のようなものである。
  第1条 来た道を引き返してはならない。
  第2条 第1条に抵触しない範囲内で、交通量の多い車道は避けなければならない。
  第3条 第1条、第2条を遵守した上で、坂道を登るのは避けなければならない。
 さらに、「角は曲がれ、とにかく曲がれ」「土手があったら上を走れ、なにしろ走れ」「犬に吠えられたら舌打ちをしろ」「行き止まりになったら独り言を言って戻れ」その他の附則があるわけだが、こうしていい気になって川沿いを走っていたら私鉄で二駅分も走ってきてしまっていたのには我ながら呆れた。実に2時間ものサイクリングである。直線距離ならなんと四十キロ分だ。大阪からなら京都にだって行けてしまう。関東平野の広さ、というものを実感した一日であった。

 さて、普段通らない道を自転車を走らせていると、いろいろと面白い看板を目にする。たまたまデジタルカメラその他の装備を忘れたので撮影できなかったのだが、「塩味病院」が今回の収穫であった。ちょっぴりしょっぱい涙の思い出、という事だろうか。高血圧の患者さんは行きにくい名前である。

 そんな中に、これはガソリンスタンドの看板なのだが、「洗車だけでも歓迎です」とあるのを見た。ちょっと謎めいた看板である。白状するが、私はまだあのガソリンスタンドの自動洗車装置を使ったことがない。出身が田舎なので、自家用車は自分の家の庭でいつでも好きなだけ洗うことができたからである。だから、あの洗車装置にはどういうスタンスで接したらいいのかまだわからないのだが、洗車だけでも、ということは普通の人はガソリンスタンドでは洗車となにかを組み合わせる、ということだろうか。オイル交換やブレーキランプ点検、ワイパーのゴムとエレメントの交換、エアコンのガスの補充までしてもらってようやく気の弱い人は「せ、洗車もおねがいします、できたらでいいんですけど」とかいうくらい、ガソリンスタンドにとっては儲けが少なく、サービスに近いものだということを示唆しているのではないだろうか。そうなのか。知らなかったぞ今まで。

 しかも。しかもである。こう掲げられているからといって、決して「洗車だけお願いします」と頼みやすくなるわけではないのだ。「〜だけでも歓迎です」というのは、「〜だけでは本当は嫌なのですが、我慢します」ということだからである。
 以前某コンビニでアルバイトをしていたという友人の意見なのだが、「おにぎり一個からカードを使われてはかなわん」というのがあった。ひょっとして今はもう改良されているのかもしれないが、カードによる支払いを受け付けようとするとレジの操作がいきなり煩雑になるのだそうである。「コンビニの店員に嫌がらせをするなら、おにぎり一個をカードで買い、さらに公共料金の振り込みと宅急便発送を同時にすればよい。初心者の店員なら泣く」とも言っていた。ちくしょう、腹の中ではそんなこと思っていやがったのか、高島某め、あの笑顔はじゃあなんなんだよ、と他人の善意が信じられなくなる瞬間である。
 このように、「〜だけでも」というのは利用者に無用の恐怖を与えるわけである。他に、「〜だけでも歓迎です」と書いてあって嫌なシチュエーションには次のようなものがあるだろうか。
・「サービス定食だけでも歓迎です」と書いてある定食屋。
・「マンガ週刊誌一冊だけでも歓迎です」と書いてある本屋。
・「試食だけでも歓迎です」と書いてあるスーパーの試食コーナー。
・「ブレンドコーヒーだけでも歓迎です」と書いてある喫茶店。
・「カットだけでも歓迎です」と書いてある理髪店。
・「ハンバーガー一個だけでも歓迎です」と書いてあるファストフード。もっと恐いのは「スマイルだけでも」。
・「見切り品、値引き商品だけでも歓迎です」と書いてあるスーパーのレジ。
・「牛丼だけでも歓迎です」と書いてある吉野家。他に何があるんだ。え、けんちん定食だって。
・「かけそば一杯だけでも歓迎です」と書いてある蕎麦屋。もう年末ですね。
・「玉子だけでも歓迎です」と書いてある寿司屋。通だね。
・「お一人様だけでも歓迎です」と書いてある雀荘。
・「ビール一本だけでも歓迎です」と書いてあるスナック。何をされるか、わかったものではない。
・「3ヶ月だけでも歓迎です」と言ってくる新聞勧誘員。いや、巨人には興味ないんス。
・「アダルトだけでも歓迎です」と書いてあるレンタルビデオショップ。見抜かれている。
・「ドラクエ3だけでも販売します」と書いてあるゲームソフト屋。なにかが間違っている。
・「ペンティアム100MHzでも動作します」と書いてあるソフトウェア。嘘つけ。
 他に俺になにをさせる気だ、という気がしてくる。思うに、あの看板は、ガソリンスタンドにとって、洗車だけの客を牽制するという働きをしているのかもしれない。そんなことを書いて、逆に客を逃さねばよいが、と思うばかりである。「見るだけでも歓迎です」と書いてあるウェブサイトには絶対足を踏み入れたくないと思うのは私だけではあるまい。

 そういえば、ガソリンスタンドってよく「現金歓迎」って書いてあるけどあれはいったい何を意味しているのだろう。


トップページへ
▽前を読む][研究内容一覧へ][△次を読む