「へえ、そうきたわけ」
彼女は、テーブルに取り出された贈り物を見ると、ちょっと笑って、言った。
夕闇迫る町は、しかし連休最終日の賑わいをみせて、駅前の横断歩道にも人通りはひきもきらない。その駅前広場を見渡せる喫茶店で、私がテーブルに置いた小さな包みを、彼女はじっと見つめていた。包み紙の表にはカードが添えられている。流麗な書体で「Happy Birthday」の文字。
「誕生日の、贈り物ね」
私は、何も言わず、ただうなずく。そりゃだって、ホワイトデイのお返しも結局せずじまいだし、祝わせていただきますよ、誕生日くらい。
「誕生日なんて、もう、そんなに嬉しいわけでもないのに」
「あ、そりゃそうかもしれないけどね」口を開いた私は、彼女の顔をじっと見る。「嬉しくない、かな」
ううん、そんなことないわ。あなたからだもの、ってここで言ってもらえたら幸せなのだが、そんな私の気持ちをすり抜けるかのように、軽く首を振っただけで、彼女は言った。
「で、中身は、なに」
彼女は、包みを手にとって持ち上げてみている。重さを確かめているようだ。包みは、小ささに見合って軽い。
彼女がそのまま何も言わないので、私は言った。
「さあ、何だと思う」
「ヒントを頂戴」
まったく考えるそぶりさえ見せずに、そう言い返した彼女を見て、首をすくめたのは私のほうだった。窓の外をちょっと眺めて、考えをまとめた私は、言った。
「では、第1ヒントです。ろくなものではありません」
「いらない。返す」
だぁっ。そう来るか。ありませんの「ま」のあたりを私が言っている間に、もう「いらない」である。そんな思い切りがよくていいものか。
「う、うそです。ろくなものです。本当に、私なら大喜び。飛び上がって喜びます」
「本当でしょうね」
眉をひそめながら私を見る彼女。私は、窓の外の信号が、青の点滅から赤に変わるところを見てから、コーヒーを一口飲み、言った。
「ええ、それはもう」
「じゃ、第2ヒントは」
ええと、第1ヒントまでの段階での答えはないわけでしょうか。それって、ただ私が答えを教えているのとどこが違うのでしょうか。しかし、私が彼女に逆らうのは、秀吉が信長に逆らうより難しいのだった。
「え、その、第2ヒントは、そうですね、生き物ではありません」
「それは、わかっています」
「そ、そうですか」
冷たいです。冷たすぎます。
「第2ヒントの続きです。生き物ではありませんが、動く物です」
「いらない」
あわあわ。
「う、うそです。動かない、動きません。物理的な意味では」
「へえ、開けてもいい、よね」
私が出したヒントはどうなってしまったのでしょうか。って、そんなことを言い出せるくらいなら苦労しないのである。私は再び信号に目をやると、言った。
「はい」
信号は一回りしてまた赤に変わっていた。
包み紙を奇麗にほどきはじめる彼女。女の人というのはどうして、包装紙を破かずに包み紙を開くのが上手なのだろう。ちょっと不思議だ。
「あっ」
と、中身を見た彼女が小さく言った。こういうときに、相手の顔というのは見づらいものだ。私はまたも、窓の外を、なんとなく見つめる。
「携帯電話の、ストラップね」
「ん。ポストペットの、モモです。いや、本当はウサギが良かったのだけど、モモしか無くって」
「いや、そんなこといいんだけど、あのね」
しらばっくれた私を遮るように、彼女は続けた。少し慌てた彼女の様子を、私はほくそ笑みながら見ている。こんな彼女、めったに見れるものじゃないのだ。そういう人なのだ。
「私、携帯電話持ってないんだけど」
「うん。知ってる」
「じゃ、なんでよ」
「ほら、前にもらったチョコレートが、『パンドラの匣』だったから、今度は『賢者の贈り物』です。時計なしの鎖だけ、っていうわけで」
彼女は黙って、何とも言えない顔をすると、私の方に、すっと右手を伸ばしてきた。彼女の揃えられた指先が私の顔に向かって伸びる。思わず目を閉じてしまう、私。
「あいたっ」
なにも額を小突くことは、ないんじゃないだろうか。