超伝導遥かなり(前篇)

 超伝導には恨みがある。

 高校である。二年生にして化学部の部長であるわたしは、ある日、顧問の先生から秘密の計画を打ち明けられた。
「なあ、大西。今度の文化祭、何を出展することになっているのだ」
「ええと、夏にやる水質検査の結果を模造紙に書いて貼ります。それから、ナイロンを作ろう、と題して、6-6ナイロンの制作を演示します。寒天に小豆と砂糖を溶かしてヨウカンを作っているやつらもいます。もう一つ、学校の裏庭にトーチカを造って、火薬を中で燃焼させます。火山だそうです」
 ふんふん、と聞いていた顧問は、目をぱちくりさせて、言った。
「火薬、だって」
「あ、いやいや違います。噴火です、火山の。爆発はしないそうです」
 私は慌てて言った。この展示については「副部長一派」に任せていたので、私は実のところ反応も何もわかっていなかったのだが、ここで、ええ、そりゃもう派手にやります、と答えると我々のこじんまりした部活動にどんなことが起こるかわからない。ここはいい加減でも否定しておく場面だった。
「そうか、いや、相談なんだが、君、液体窒素って知っているか」
「ええ、知っています。とても冷たいやつですね。液体窒素って、手に入るんですか」
 先生はうなずく。
「一リットル千円くらいだそうだ。ま、それはいい。私の出身大学から分けてもらえる手はずになっている」
 先生の出身大学とは、確か神戸大学ではなかったかと思う。高校は、そこから山の中に車で二時間ほどの距離だった。
「へえ、それはそれは。でも、保管とかはどうなるんですか」
「専用の魔法瓶があるんだ。一日くらいはそれで持つ」
「そうですか」
 顧問の先生は、ここでちょっと口ごもった。自分がそもそも何を言おうとしていたのか、忘れたらしい。
「ええと」
「はい」
「何だったかな」
「知りません」
 コイツ、イッペン殴ッタラナイカンノト違ウカ、と先生の顔に書いてあるのを、高校生の私は読めなかったのだろう。
「ええい、この、君が余計なことを言うから、忘れたじゃないか、ええと、その、あ、そうだ」
「何ですか」
「超伝導だ」
「は」

 折しも時は西暦1987年夏であった。さかのぼること70年の昔、1911年にカマリング・オネスというちょっと妙な名前の科学者が発見した奇妙な物理現象「超伝導」を巡る研究の現場は、1987年当時、一大センセーションの中にあった。銅でも銀でも、どんな金属でも少しは存在する電気抵抗が、ある温度を境にして、まったく完全なゼロになってしまうという「超伝導状態」が、ある種の金属酸化物では90ケルビンという高温で起きることがこの前年にわかったのだ。
 90ケルビンというとちっともピンと来ないが、摂氏マイナス160度である。これでも十分低温であって、バナナで釘が打てるどころか、バナナを道具にいっちょう犬小屋の一軒でも建てようかという低温だが、それでもこれまでの記録、摂氏マイナス270度前後という、絶対零度まであと数度しか目盛りが残っていない状態に比べると、これはもう、科学史上まれといってもいい革命的な進歩だった。専門の巨大で高価で複雑な極低温冷却装置が必要だった研究が、一リットル千円の液体窒素温度(マイナス190度)で十分できるようになったのである。そしてなにより重要なのは、工業的な利用がついにこれで可能になったことだ。液体窒素さえ切らさなければ、列車を持ち上げる超強力電磁石が、永遠に巡り続ける電力の貯蔵庫としての永久電流が、利用できる時代になったのだ。

「高温超伝導の話は、君も聞いたことがあるだろう」
「は、はい」
「それをやるのだ。そして文化祭で発表するのだ」
 発表されたばかりの金属酸化物、高温超伝導物質を、自分たちの手で作りだそうというのである。私は、この壮挙に体が震える思いだった。高校の化学部で、できることだろうか。いや、やるのだ。やってやるのだ。
「わかりました。面白そうです。やりましょう」
「簡単に言うな」
「え、何ですって」
「打ち明けた話、私も作り方は、わからんのだ」
 わかりました、やめときましょう、とここで私が言わなかったのは、英断だったのだろうか、よくわからない。

 それから秋までの私たちが払った労力は、我ながらかなりのものだった。文献を集め、材料を買いそろえ(ある種の金属は金銀プラチナどころか、もっと途方もなく高価なのだということを私は初めて知った)、でき上がった材料を焼くための窯を借りに近所の工業高校に折衝にゆき、物理部から入った「超伝導はわれわれの分野ではないのか」という横槍に、電子回路に詳しい部員を化学部から物理部に派遣することを条件に和解に持ってゆき、その他もろもろの、実現に向けての努力がなされた。ナイロンチームや火山チーム、そしてヨウカンチームまでがこのプロジェクトに駆り出され、化学部は一体となって秋の文化祭に向けた努力を続けた。そして。

「ええと、これらの材料を、さてどうしよう」
「混ぜるのか。乳鉢でいいのか」
「わからん」
 私とある腹心の部員は、ついに買いそろえられた材料を前に途方に暮れていた。化学部の年間予算のかなりの部分を使わされたストロンチウムはじめ、さまざまな材料が実験机の上に整理されていた。しかし、これをどうしたらいいのだろうか。沈黙を破ったのは、私の決断だった。
「ええいええい、混ぜてしまえ。力の限り混ぜてしまえ」
「全部ですか」
「全部だ。全部放り込むのだ。そして、混ぜるのだぁ」
 この辺の心理は、マンドラゴラの根、一角獣の角、処女の涙などなどの材料を大鍋に投げ込んでかき回す魔女の婆さんと変わりない。
「ようし、ぐるぐる、ぐるぐるぅ」
 こうしてでき上がった黒い粉は、さらにつき固められ、工業高校に輸送されていい感じに焼かれることになった。この怪しげな酸化物は、やがて直径3センチ、厚さ1ミリほどの、黒い円盤になって帰ってくるはずである。

 その日、いよいよ完成品が帰ってきた、という情報を、私のクラスの化学の教師でもあった顧問の先生から聞いた私たちは、化学部に集合した。物見高い他部の友人達も、噂の超伝導体を一目見ようと部室に詰めかける。
「これが超伝導物質だ、諸君」
「なんだ、普通だな」
「こらこら、指紋をつけるんじゃない」
 その、完成してみればなんの変哲もない円盤を目にして、部室に集合した我々の胸に去来した当然の疑問は、出来上がったのはいいが、いったい本当に超伝導になっているのか、ということだった。冷やせば超伝導になる予定なのだが、では、抵抗がゼロになるというのをどうやって測定すればいいのか、という問題を、私達はいままでなおざりにしてきたのだった。
「テスターで、測るのかなあ」
「……0.1オームまでしか目盛りのない、アナログテスターでどうするつもりなのだ」
 私達は、ただ互いの顔を見合わせるだけだった。文化祭まであと一週間、目にみえて短くなり始めた秋の日の、暖かな夕日が私達の横顔を、いつまでも照らし続けていた。

 というわけで、次回に続く。


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