あなたも主人公になれる

 さあ、これから漫画でも一本書いて新人賞に応募し、印税で左うちわ生活へ向けての第一歩を踏み出そう、と決意したとする。漫画に登場するキャラクター、特に主人公を創造するにあたっては、いろいろと気をつけなければならないことがある。それが何か、ということは、週刊少年サンデーなどを読んでいた人にはおなじみだと思う。というのもこの少年漫画雑誌には、今もあるのかどうか、なんらかの形で漫画講座の漫画がずっと連載されていて、枠線の引き方や、ペン入れに失敗したときの修正の方法、タイトルは専門のデザイナーが描いてくれるので鉛筆書きしておけばいいことなど、大半の読者にとってその後の生活に全く必要のない知識を植え付けてくれているからである。しかし、ああいうのがあると、同じ雑誌に連載している漫画家はやりにくいのではないかと思うのだが、どうなのだろうか。雑文書きで例えると、雑文の書き方のような講座が隣で始まったというようなものなのだが。

 話がずれた。主人公のキャラクター設定をするにあたって、特に気をつけなければならないことというのは、キャラクターをはっきりと際立たせることである。これを、隠語を使って、キャラクターが立つ、などという。たとえば、ここに少年が一人いたとする。一見なんの取り柄もない、普通の少年である。これだけで設定を終えてしまっては、果たしてこの少年がどういう事件に巻き込まれるのかという話が想像しにくい。いや、別になんの取り柄もないままで、彼の元に未来からロボットが居候しにくるとか、親戚の忍者が居候しに来るとか、美人の宇宙人が居候しに来るとか、大家さんが美人だとか、美人の幼なじみがいるとか、そういう他のキャラクターを中心に話作りをしてもよいのだが、普通は彼自身になにかしら大きな特徴を持たせるものである。

 いわく、背がとてつもなく小さい。力がクマを倒す程強い。やけに頭が良くて発明の才能がある。家が異常な金持ちである。サッカーボールの扱いに天性のセンスがある。動体視力が超人的にいい。大人も唸るほどの迫真の演技をする。味覚が鋭い。右腕に寄生生物が棲んでいる。アンドロイドである。動物の言葉がわかる。魔法の国からやって来た修業中の魔法使いである。額に第三の目がある。耳が動かせる。

 このような特徴は、与えられた逆境を主人公が乗り越えるための武器となり、したがって漫画家がシナリオを書く上で、普通の人間にはとうてい乗り越えられないような壁を用意できるために、話が大きく広がるという利点がある。たとえば、主人公をつけ狙う直接の敵として登場させることのできるキャラクターは、主人公が普通の少年であれば、クラス一番のいじめっ子とか、隣町の上級生がせいぜいのところである。ところが、いったん主人公が暗殺者として過酷な特訓を子供の頃から施されてきたという設定を作っておけば、敵として軍の特殊部隊とか、外国のスパイとか、銀河番長と名乗る身の丈三メートル以上の巨漢を出しても大丈夫ということになる。どちらが話に迫力が出るかは明らかだろう。

 主人公にこのようにして武器を与えたら、アキレスのかかともまた与えなければならない。完全無欠な主人公を作ってしまうと、実に面白みのないスーパーマンになってしまうからである。たとえば、鼠が嫌いで、ちょっと見かけただけで飛び上がって逃げ出すとか、電源供給ケーブルを抜くと十分しか活動できないとかがこれに当たるが、そのほうが親しみが持てるからか、好きな食べ物、嫌いな食べ物という形で設定がされる場合が多いようである。

 こうして創造された主人公は、実にわかりやすいキャラクターになる。好きな食べ物さえ与えておけば、何でも言うことを聞いてしまうのである。または、嫌いな食べ物を食べさせられないためには、なんだってやってしまうのである。キースさんとlouさんはカレーが好きとか、高橋名人はナスビが嫌いとか、そういう逸話を思い出して欲しい。これによって、いかに豊かなストーリーがつづれることか。たとえば、ハクション大魔王にとってのハンバーグが、「ま、出されれば喜んで食べるけど、そればっかりじゃね」という程度の好感度だったとしたら、あのアニメは、特に後半、ほとんど話が成り立たなくなってしまう。

 さてこのような話を長々としてきたのは、私の二人の弟がそういう意味では非常にキャラクターが立っているということに気がついたからである。上の弟は、鳥肉が嫌いである。嫌いなどというレベルではなく、粉砕されてツミレ状になって素材に含まれているだけで敏感にそのことを察知し、咀嚼を中断して吐き戻してしまう。好きなものは何かというと、タケノコの木の芽和えである。食卓に副菜として置いてあると、幾らでも食べてしまうので、他の人が食べる分が無くなってしまう。下の弟はというと、エビが大の苦手である。エビの寿司のような、果たしてこれが嫌いなどということがあり得るのかというようなものさえ嫌いなようである。カニは平気で食べているので、なにか変だという気はする。なお、好きなものはいちごのシャーベットの少し溶けたやつだそうである。
 鳥肉にエビというと、かなり一般的な食材であるので、これらが苦手だと相当選択の幅が狭くなると思うのに、よく平気でいられるものである。結婚式の披露宴などでコース料理を食べたときは、この二人が交互に「これは食えん」と言いだすので、横から見ていてヒヤヒヤする。ほらほら、早くもストーリーが動き始めている、という気がするではないか。

 だから、あなたもぜひ、苦手と好物を作ってみて欲しい。うなぎパイなら一週間そればかり食べても平気とか、ホヤだけはどうしても食べられないとか、そういう得手不得手を作って、キャラクターをどんと立ててみよう。きっとあなたを中心に物語の開幕ベルが鳴り始めるはずである。そう、明日の主人公は、今日の好き嫌いから始まるのだ。ノーモア中途半端。偏食万歳。

 え、私。私はと言うと、これが、絶対に食べられないような苦手なものも、とてつもなく好きで毎食食べても飽きないものも、考えてみればこれといってない。はなはだキャラクターが薄く、情けない限りである。ここで無理に考えて「牛丼が好きで週に三回は食べている。特に酒を飲んだ後は必ず食べる」とか「芋虫が大の苦手でトイレの手洗いに二センチ程の長さの彼が這っているのを見ただけでもうそのトイレには入れなくなる。写真のあるサイトへのリンクを張られただけでそのページを見に行けなくなってしまった」というようなことを書いてもしょせんあなたは雑文書きの言うことであると信用しないのであろうし、しばらくはこのまま薄いキャラクターで生きてゆこうと思っている。

 なにしろ、キャラクターが立ちすぎて、銀河番長と壮絶な一騎打ちをしなければならなったり、北極まで素粒子を探しに行かされては、ちょっとかなわないのだ。


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