青をこころに

 日本国民としてこういうことを言っていいのかどうかわからないが、ともあれ、英語を中心に世界が動いているわけで、英語はおおむね日本語より便利な言葉になっている。何か一つだけ母国語が選べるなら、英語がよかったと私は今でも思う。といっても、これはどちらが先にグローバルスタンダードになりおおせたかの違いであって、たとえば、イギリス人より先に日本文化を基本に持つ民族がアメリカ大陸に国家を作り、世界制覇を成し遂げていたら、現在のインターネットでは日本語が標準となっていたかもしれない。2バイト文字が基本になったコンピューター環境というのは厄介なものだろうが、JISだのシフトJISだのEUCだのという文字化けの存在だけはなかったろうと考えると多少悔しくはある。

 英語が一応の標準になっているという理由があるのだが、英語はたとえば数学表現などとの親和性が高い。ルート5をちゃんと日本語で書くと「五の平方根」ということになるが、記号はルート記号の方が先に書く構造になっているので、だれも「5の平方根」などという言い方をしない。「ルート・ご」といいながら書くのだ。7/8などの分数も、日本語だと「はちぶんのなな」などと分母の方を先に言うことになるわけで、これは分子のほうを上に書く規則になっている関係上はなはだ不便なことである。これはつまり英語の「セブンエイス」ならすんなり上から書くことができるのでこういう書き方になっているということなのだろう。アメリカで小数より分数の方が好まれるのは、この辺りに理由があるのかもしれない。

 さて、そういう風に考えると、しかし、英語での数学表現で不便なのが、「百」が「ワン・ハンドレッド」などという長ったらしい言葉になっていることである。「千」が「ワン・サウザンド」なのもそうだが、どうして「ひゃく」「せん」のように短くできないのか。不便ではないのだろうか。「千三百五円です。千五百五円お預かりします、二百円のお返しとなります。お確かめください」というような状況で、いちいち「ワンサウザンドスリーハンドレッドアンドファイブ円です。ワンサウザンドファイブハンドレッドファイブ円お預かりします。ツーハンドレッド円のお返しとなります。プリーズチェックイットユアセルフサー」などと言っていると、まどろっこしくて仕方がないと思うのだが。

 思うに、だからこそドルとセントのような二段構えの通貨になっているのだろう。なにしろ、1,632セントというよりも、16ドル32セントの方が短いのだから呆れる。日本にだって円と銭があったが、この銭はもう、円=ドル相場とか、私のおばあちゃんの言う「いっせんも持ってない(すっからかんである)」などという慣用句の中にしか残っていない。1,632銭というのと16円32銭と言うのとどちらも言葉の長さに大差ないから、一つの数字で言った方が計算などで便利には違いない。これも百が短い単語かどうかに起因するものではないかなどと想像しているのである。

 さて、各国語毎に数の数え方が違うということはこのようにいろいろな違いを生み出すわけだが、運動部がランニングするときの掛け声、あれは万国共通に1、2、1、2、ではないかと思うのだが、国によってどう変わるだろうか。

 英語では「ワン、ツー、ワン、ツー」であって、なんとなくランニングというよりも、深夜テレビで販売している怪しげな健康器具を使って運動している様子が目に浮かぶのは私だけか。フランス語は「アン、ドゥー、アン、ドゥー」で、これも3まで数えて「アン、ドゥー、トロワ」になると突然バレエになってしまうわけで、ああ、こんな日本人を許してください。
 他の言語ではどうなるかというと、ドイツ語は、「アイン、ツヴァイ」であって、かっこいい。なにしろツヴァイがかっこいい。ただツヴァイ、いちいち下唇を押さえた「ヴ」の音を出すのはランニング時ちょっと危険ではある。ロシア語では「アジーン ドワー」でイタリア語は「ウーノ、ドゥーエ」で、こういうふうに両方音が伸びていると、掛け声として発音しにくい気がする。その点、スペイン語は「ウノ、ドス」である。ドスが効いていてよろしい。中国語では誰もが知っているように(その割には私は間違えて覚えていたのだが)「イー、アル」である。あなたにはカンフーが足りないわ。

 さて、我らが日本語の「いち、に、いち、に」であるが、こうして見ると「い」段の音ばかりで、実に威勢が良くない。こう声を出しながら走っていると、ずっとあごを閉じたままということになるので、「もっと大きな声で」とキャプテンに怒鳴られても、大声を出しにくいのである。
 これはもう、日本語の欠陥というほかない。日本の運動選手がオリンピックでなかなか活躍できないのもこういうところに原因があるのではないか。仮に「あ」段の音だったとすればどうだろう。あ段で数詞ができていれば、もっとずっと大声で叫びやすくなって練習に身も入るというものである。では「いち、に」をあ段にしてみよう。「あた、な、あた、な」。…なんかあっけらかんとしすぎているみたいだが、これは単にこれに慣れていないからだろう。うん。
 しかし、あまりにばかだから他の音も試してみよう。「う」だと「うつ、ぬ、うつ、ぬ」。ずぶずぶ沈んでゆきそうである。「え」はどうか。「えて、ね、えて、ね」頼まれてもなあ。なかなかえてないっすよ。「お」だと「おと、の、おと、の」殿中でござる。

 どうもうまくない。なんかアプローチが間違っている気がするのである。だいたい、同じ音ばかりでは発音しにくいではないか。聞きかじりだが、子供向けの物語の主人公の名前は、「あ」か「え」の音で始まって、次が「ん」になっているのがいいのだそうである。「ガンダム」とか「ケンシロウ」とか「アンパンマン」とか「勘太郎」とか、思い当たる節があると思う。響きが良く、発音しやすいのだそうだ。では、これに沿って数詞を作るとどうか。「アン、パン、アン、パン」「ガン、メン、ガン、メン」。

 美しい日本語は、やはり大切にしたほうがいいようである。


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