安全推進室・様式5
(※この報告書は、事故の原因を記録し、事故の再発を防止するために事故の当事者に提出していただいている書類です。この記録は、事故の再発防止の目的以外には使用いたしませんので、正確にご記入の上、安全推進室までご提出下さい)
報告日時:
1999年5月24日
概要:
人身事故(ケガ)。
当事者所属/身分/氏名/生年月日(満年齢):
電子加速器開発部門/准研究員/浜崎亘/1968年7月23日生まれ(30)
報告者所属/氏名:
同上
発生日/場所:
1999年5月21日(金)15:20ごろ/大西科学本所電子加速器棟地下一階F3実験室
発生状況および被害状況:
(※どういう作業内容を、作業年数何年の作業者が、どんな共同作業者と、どのような目的で作業をしていたところ、どのような事故が起こり、どのような対処を行ったか、またどのような傷病を受けたかを、詳しくご記入下さい)
作業年数4年強の事故当事者が、高所にある冷却水管のバルブを操作するために、実験装置に登って作業をしていたところ、バルブの横にある実験用具入れの上に置かれた段ボール箱を発見した。冷却水管の操作の邪魔になるので脇にどかせようと中を覗いたところ、段ボール箱の中には、ケミカルスタンド(化学実験で用いる、フラスコを固定するためのマジックハンド)があった。
地上にいる他の研究者との共同作業で、バルブを頻繁に開け閉めする作業内容であったために、バルブ開閉のたびに地上に降りるのではなく、事故当事者は実験装置に登ったまま、待機していた。しかし、数分ほど間ができたため、発見した固定用マジックハンドを手に持ち、手を実験着の袖に隠してマジックハンドだけを袖から出すように工夫をして「フック船長」と言うというギャグを思いつき、実際に共同作業者に対して試みた。
しかし、共同作業者の反応が芳しくなかったため、事故当事者は、続いて、両手に対して同じことを行い「ロボット」と言うというギャグを試みようとした。両手にマジックハンドを持って、袖を引っ張っていたところ、突然足場が大きく動き、当事者は床(高さ1メートル)に向かって落下した。両手がマジックハンドでふさがっていたために、体を支えるなどの有効な対処をとれなかった。
事故当事者は、床で頭を打ち、頭にこぶができたが、出血はしておらず、また意識もしっかりしているので、そのまま作業を継続した。
原因:
(※事故の原因を詳しく分析して、各項目ごとにご記入下さい)
作業環境(換気、照明などの施設側の問題について):
冷却水を流したり止めたりするバルブが、手の届かない高所に位置していることが原因の一つであり、明らかに施設側の問題であるが、通常はめったに開け閉めしないものであることと、実験室の空間の有効利用という観点から、避けえない問題であるとも考えられる。
設備機械(備えられた、設備、機械に関する安全上の問題点):
高所に登って作業する必要があるにもかかわらず、現場には脚立などの普通の高所作業用具が備えられていなかった。また、マジックハンドは、作業者にとって非常に魅力的な形をしており、これを手にした場合、これを使ってなんらかの笑いを取ろうとする原因になるのはやむを得ない。
作業方法(安全な方法で作業を行っていたか):
脚立を他の実験室から借りるなどして調達せず、足場の悪い実験装置の上に登って済ませたのが原因の一つとなっている。また、マジックハンドを両手に持って、体を支えるための手を離してしまったのも原因である。
保護具着用状況(ヘルメット、マスク、手袋などの保護具は正しく使用していたか):
この作業内容において特に有効な保護具は存在しない。マジックハンドは、かえって作業を危険にさせる原因となった。
心身状態(作業者の心身の状態は万全だったか。疲れていたり、急いでいなかったか):
当事者は、ギャグが通じなかったことで、いらだち、焦っていた。
その他:
協力者は、ギャグを解さない性格だった。少なくとも、他人の滑ったギャグに対し、気の効いたフォローを入れる才能を持っていなかった。あるいは、その気がなかった。
再発防止策:
(※この事故に対して既に再発を防止する為に講じられた方策、また、再発を防止できると考えられる方策についてお書きください)
まず、この事故の原因となったマジックハンドは、まとめて廃棄した。また、事故現場に、他の実験室から脚立を調達し、配置した。さらに、共同作業者に対して、ギャグを振られたときは人としてどうするべきかについての議論を、研究所近くの小料理屋『奈べや』で二時間にわたって行い、次からは「ばかだねえ」と肩をすくめる程度の反応を最低限するという確約を得た。
…ああ、そうだよ、俺が悪かったよ。もうしないよ。だから、こんな書類書かせんなよ。ていうか、これ、記録に残んのかなあ。統計的な目的にだけ使用するなんて書いてあるけど、そんなハズないよなあ。ちくしょう、あいつ、何だってこんな事故をわざわざ安全推進室に報告したりすんだよ。人のボケをツブしやがるだけじゃなくて、融通も利かないのか。見てろよ高田。お前が使用済みの銅のガスケットを勝手に屑鉄屋に売っぱらって、その金で彼女に指輪を買ってたって、ここでバラしといてやるからな。うはははは。
というわけで、左遷されるであろう高田の代わりに、もっとギャグの通じる共同作業者が配置されたら、こんな事故はもう起こらないと思います。できたら笑顔の可愛い女性の研究員がいいです。