五月晴れの朝に

六月十一日(金)曇のち晴れ
 自嘲気味に名付けたこの「タイムマシン制作日誌」も、この四月でもう五年目に入ったわけだが、今日、ようやくこの言葉を書く日がやってきたようだ。本日、念願のタイムマシンが完成した。私が独自の理論を立て、このタイムマシンの制作に入って五年。紆余曲折はあったものの、ようやくの試作機の完成である。先程、ラプラスコイルの最後の一つのアライメントが終わった。やっと試作一号機が完成したのだ。資金の問題からコイル焦点の大きさ約十センチ四方、運搬能力は質量数百グラム程度、到達時距離も数日程度と、能力的に非常に限られたものとなったが、それでも世界初、堂々の試作一号機である。途中、いくつかの中間段階の実験での成功から、この装置の有効性はいかなる基準に照らしても十分というほかないが、やはり、目に見える質量を過去や未来に送り込めるこの装置の完成にあたり、私は興奮を禁じえない。
 と、ここまで書いて風呂に入って戻ってきて思ったが、この下り、ちょっと後世の伝記作家を意識して書いてしまった。タイムマシンが完成すればそんな「後世の歴史研究家」という単語自体無意味になるかも知れないのに。
 すぐにでも試運転を開始したいところだが、家庭用電源から細々とエネルギーを得ている現状では、コンデンサーへの充電にまだあと十二時間もかかってしまう。テスト運転は、残念だが仮眠をとってのち、ということになりそうだ。はやる心を抑えきれない。眠れるだろうか。阪神は、巨人相手に惨敗。いつからこんなに弱くなったのか、といいながら、客観的に見て今までがおかしかったのであろう。

六月十二日(土)晴れ
 八時起床。サンドイッチをかじりながら、早速タイムマシン試作一号機の試運転を行うことにした。充電は十分で、各ラプラスコイルの励起も終わっている。以前書いた通り、試作品のタイムマシンは、目標が二十四時間単位でしか設定できない。そもそもの到達時距離が二日というところなので、一昨日、昨日、明日、明後日の4つを選べるだけ、ということになる。
 とりあえず、テストのため一〇グラムの鉄塊を装置にセットし、装置を「明日」にセットして、九時二十七分、装置を起動した。かなり大きな音と光、衝撃がある。ご近所にまたも迷惑をかけた。ラプラスコイルは一瞬で放電を終えて、再充電に入った。正確に計測したわけではないが、計算よりも音と衝撃はかなり大きかったように思う。一瞬自分の体に落雷したのではないかと思ったほどだ。調べてみると、装置内の鉄塊の一部が装置内に残っていた。コイルの焦点が甘く、アインシュタイン交点が鉄塊の位置からずれたためらしい。眠い時に装置をいじるものではない。残った鉄塊の重量を測定すると、二・二グラムとなった。残り七・八グラムが明日へと送り込まれたことになる。午後一杯かけて、じっくりコイルのアライメントを再調整する。送った鉄塊が帰還するまで、とりあえず次の実験はお預けとなる。阪神は、新庄が敬遠球をサヨナラヒットして、巨人に辛勝した。

六月十三日(日)晴れ
 久しぶりにゆっくりと眠った。おかしな言い方だが、梅雨に入っても毎日五月晴れだ。朝九時起床。昨日、試作一号機を稼働させたのと全く同じ時間に待ちかまえていた私は、コンデンサーの電位計が突然一杯まで振れるのを目にした。九時二十七分。昨日と同じ閃光と衝撃があり、装置の中央に鉄塊が現れる。重量は七・七グラム強。精度の範囲内で、昨日送り込んだ質量が確かに送られてきていることがわかった。よくわからないのは、鉄塊の出現後、再実験に備えて充電をしていたコンデンサーがいきなり放電をして装置の充電量が零になってしまったことだ。再起動は、またも明日に延期ということになりそうである。ともあれ、完全な成功。祝杯をあげる。阪神は、またも延長の末、新庄がサヨナラヒットして、巨人に勝った。めでたいが、二日続けてとは妙だ。たまにはこんなこともあるか。

六月十四日(月)晴れ
 充電が終わっているかと、夜中何度も目が覚めてマシンを見に行く。ゆっくり眠れない。朝九時過ぎに起床。まだ布団の中でぐずぐずしていたら、実験室で大きな音がしたので慌てて起きる。装置を見に行くと、なんと、装置の中央に、鉄塊が現れている。重量七・七グラム。起源はわからない。未来の私が過去に向かって送ったものだろうか。ありえる。時刻は、まだ布団の中にいたのでよくわからないが、九時三十分前後だったと思う。どうも、ラプラスコイル焦点面にモノが送られてくるとその衝撃で放電が起こってしまうらしく、電位計はまたも零に戻っている。衝撃と音も、鉄塊が二つに裂けたのも、このせいかもしれない。しかたがないので、充電させながら午後からは買い物に行き、カレーを作って食べて寝る。

六月十五日(火)晴れ
 それにしても毎日晴れである。今年は水不足になるのではないか。朝八時起床。寝ている間に、コンデンサーへの充電はほぼ終了している。さて、未来へのテストが終了したわけなので、九時半になったら昨日に向かって鉄塊を送りだすべきなのだろうか。それをしないと深刻なパラドックスに陥ってしまうのだと気がついて愕然とする。これまで技術的側面ばかり気にしてきたが、いまこそ私はタイムパラドックスの中にいるのだ。今日、昨日にむかって鉄塊を送りだすなどという不用意なことをした今日の私に腹を立てる。って今日の私は私ではないか。なにがなんだかわからない。まあ、タイムマシンは二日前に送りだすということも可能なのであって、今日送らなければ明日ということになるのだろう。
 などということを考えていると、突然また衝撃と閃光で実験室が一杯になる。くらんだ目をこすって見てみると、装置の中央に、またも鉄の塊。質量七・七グラム。誰が今日に向かって送ったのだ。誰って私なのだろうが、そうとばかりも言えない。ひょっとして十年後二百年後三千万年後の誰かが、タイムマシンの発明者を困らせようと思っていたずらをしている可能性だってないとは言えないわけである。これで三つになった鉄の塊は、裂け目の形など、どれも見たところ完全に同じである。だからまあ、送ったのは私なのだろう。それはいいとしても、コンデンサーはまた放電してしまった。まさに悲劇。
 今日から阪神は、広島と三連戦のはずだが、テレビをつけたらまた巨人と試合をしている。日程が変更になったのだろうか。

六月十六日(水)晴れ
 昨日はかなり早く寝たので、朝七時に自動的に目が覚めた。なんとしても今日は過去に向けて鉄塊を送りださなければならない。起動に向けた準備をする。ところが、九時半すこし前、三つある鉄塊のひとつを装置に置こうとして、閃光と衝撃にはねとばされる。ケガはしなくて済んだが、またも装置の中央に新しい鉄塊がある。これで四つ目。信じられない。今日、過去に向かって鉄塊を送りださなければ、一昨日出てきた鉄塊の説明がつかないのだ。さらに未来の、二日以上先にむけて物を送れるタイムマシンを制作した私のしわざという可能性も残されてはいるが、まったく不可解である。ともあれ、コンデンサーはまたも放電してしまった。わたしも放心して、ちょっと昼寝をすることにする。
 と、そこまで書いてテレビをつけて、今巨人阪神戦を見終わったところである。新庄が、槙原の外し方の甘い敬遠球を叩いてヒットにし、阪神のサヨナラ勝ちとした。こんなことはありえない。テレビでは野球中継くらいしか見ないから気がつかなかったが、チャンネルを変えてみると、テレビの番組はどうやら全て土曜のものである。信じられない思いでNHKのニュースを見て、やっと納得した。今日は六月十二日。土曜日なのだ。なぜこんなことになったのか。タイムマシンがなにか予想しない動きをしたのか。再計算を始めることにする。

六月十二日(土)(たぶん三十回目くらい)晴れ
 しばらく日記の間が開いた。日記くらいしか日々の変化を記録するものがないのに、忙しくてそれどころではなかったのだ。結論をまず書こう。タイムマシンは誤作動を起こしている。ラプラスコイルの焦点面がずれた結果、焦点内の鉄塊ではなく、タイムマシンとその周り数メートルの時空間だけを、一日過去にむかって送りだしているのだ。鉄塊が装置に現れるのではない。鉄塊のある時間に向かって、装置全体と、私と、アパートの私の部屋が送り出されていたのだ。
 最低限のことだけを書くつもりで混乱した。要するに、私と、私の部屋(とたぶんその周囲数メートル)だけが正常で、その外側がいつまでも六月十二日九時二十七分から六月十三日九時二十七分の間をやり直している、ということなのだ。恐ろしいことに、この状態を内部から破ることはできないようである。この一日の間にタイムマシンの影響範囲から出ればこのループから抜け出せるのではと思ったが、無理だった。どこにいようと、九時二十七分になると六月十二日に戻ってしまうのだ。最初に過去に送り出されたもの全てが、このループの影響下にあるらしい。そして、作動したタイムマシンはこのループの外にあるので、これを停めることはできない。
 この、主観時間で一ヶ月ほどの間、さんざんいろいろな方法を試した後で、私はついに断念してこの日記を書いている。どうやら、タイムマシンの歴史初の実験は、後世に伝えられることはないようである。私個人の名声はともかく、私の発明を引き継ぐものもいないのかと思うと残念でならない。そして、私は永久にこの部屋で、六月十二日を生きるのだろう。阪神がサヨナラ勝ちをした一日を、五月晴れの一日を。


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