ロスト・ファンタジー

 日系植民惑星「あさひ」、新都中央文化センター二五周年記念講演「第二三食料庫からの新発見」
 講師:新都大学人文学部史学研究科、真崎・F・豊国教授
 日時:朝日二百五十九年夏三十〇日第十四刻

 え、真崎でございます。今回は「第二三食料庫からの新発見」というお題をいただきましてお話しさせていただきます。
 まずは前置きに代えまして、ざっとこの惑星の歴史を概観いたしますと、ざっと二六〇年まえ、私たち人類がこの惑星に降り立ち、日本国民を中心とした社会を作りあげましてからのち、最も大きな、また不幸な事件が、朝日七一年から八年の長きにわたって戦われました「大文化棄却戦争」であります。この中央大陸、新都を中心とした都市群をもって形成された朝日連合軍と、もう一つの大陸、西大陸にあります新大阪市を中心とした西大陸条約軍との間での、核、化学、生物、情報兵器のすべてをもって戦われた長く、たいへん悲惨な戦いでありました。
 この戦いが、惑星「あさひ」における人口の四〇パーセントを死にいたらしめるという深刻なものであったにも関わらず、この朝日二五九年の現在において、とりわけ「大文化棄却戦争」と呼ばれますのは、やはり主戦兵器に準ずる扱いを受けておりました「情報兵器」のためにほかなりません。徹底的なウィルス戦、記録破壊戦となった戦いの最初期において、私たちが母なる地球から受け継ぎ、この「あさひ」を担う次代の若者たちに受け継ぐはずであった歴史、文化的な情報のほとんどが歪曲、消去、破壊を受けるにいたったのであります。言うまでもなく大変に残念なことであります。

 しかしながら、現在でもこの当時の情報を発掘しようという試みは続けられております。その最新の成果の一つが、去年、マスコミにおいても大きな話題となりました「第二三食料庫」の発掘であります。既に皆様ご存知のことと思いますが、有事のための食料貯蔵庫とは偽装のための名称でありまして、これこそ当時の新大阪市における重要な情報シェルター、あるいは歴史と文化のための退避壕であったのです。ご存知の通り、昨年の新大阪市旧市街での第二三食料庫の発掘成功は、大きな驚きを私共史学者にもたらしました。ここからは非常に多くの歴史的、文化的発見がなされておりまして、現在もなお圧縮の復元、暗号の復号化作業をはじめとしまして研究は進行中であります。とはいえ、皆様に、今日この講演でその発見のすべてをお話しすることはできませんし、またこの講演の主旨でもありませんので、今日はその発見から「ファンタジーにおける隠喩」というトピックスについて、お話しさせていただきましょう。

 まず、みなさまのうち、まだご存知でない方のために、ファンタジーと呼ばれる作品群、あるいは世界の枠組み、というものについてご説明いたしましょう。ここで言うファンタジーとは狭い意味でのファンタジー、すなわち「剣と魔法」と呼ばれておりました作品群のことでありますが、二〇世紀中期から二一世紀のはじめまで、非常に大きな影響力を持って、小説、コミック、アニメ、ゲームなど、あらゆるメディアにおいて用いられた設定群であります。
 この世界においては、物理法則を支配するのは魔法であります。科学技術は鎌倉から江戸時代程度であるか、あるいは魔法を原理として動く同等のものと置き換えられております。人間と異なるさまざまな知的種族が同じ惑星上に住み、中には大変長命で賢い種族や、粗暴で文明化されていない種族が存在しております。世界の一方の端には神が神聖な存在として置かれ、他方には魔王が世界を転覆する勢力として対置されております。

 さてこの、いわば「一つの設定」に過ぎないはずであります「剣と魔法」が、これほどまでに多くの作品におきまして模倣され、再生産され、自己パロディー化されて消費されましたのは、どうしてでありましょうか。やはりその設定の都合の良さ、そう言って悪ければ使い勝手の良さが挙げられるでしょう。もちろんはじめから架空の世界設定であるわけですから、さまざまな都合の良い法則が設定されているわけではありますが、たとえばこの「魔法」もまた、誰にでも簡単に、呪文を唱えるなどの手段で呼び出すことのできる便利な道具とされております。それ以前の、この「剣と魔法」がお手本といたしました民話群と違いまして、「魂」のような、なんらかの代償を要求されることもありません。これに限らず、いろいろな局面において、無料の昼飯があふれている世界が、この狭い意味でのファンタジーであります。

 これら発掘されました「剣と魔法」においては、一例ですが、その内部的な法則の一つに、「地水火風」と総称されております基本原理が、非常にしばしば採用されている、ということがわかっております。土、水、火炎、風または空気の四つの元素が象徴する力が、世界を支配しているという思想であります。もちろん世界を見まわしてみましてこれら四つの物質しか存在しないわけではない、これは現実世界の、非常に荒っぽく、また不正確な近似にすぎないということは明かなのですが、ここで疑問に思えるのは、どうしてこのように広く受け入れられ、どの作品でもどの作品でも使用されているのか、ということです。これにはなんらかの理由があるはずであります。これが、私共のあいだではたいへん大きなオープン・プロブレムとなっております。科学万能の時代と考えられていたこれらの世紀に、このような非科学的な世界観を内包した作品が流行したのはなぜであるか、と。

 まだ、仮説に過ぎないのですが、これに対して私共はこのように考えております。「地水火風」は、実はちゃんとした物理的な意味を持っていた、と。現実世界で読者がよくなじんでいる科学的な知識を下敷きにしているからこそ、異世界のこととはいえ、読者はすぐに理解し、法則になじむことができたのである、と。
 考えてみましたらば、物質には三態というものがあります。氷を熱してゆくと水になります。さらに熱すると水蒸気になります。これは水の場合でありますが、他のあらゆる物質が、熱したり、冷やしたり、圧力をかけたり、真空にさらしたりすれば、固体、液体、気体のどれかの相をとることになる。こういう性質があります。これは「地水火風」のうち、地、水、風をそれぞれ表していると考えるのは、的を外しているでしょうか。いえ、むしろ皆様は、この符合に感心してくださることと思います。
 火はどうしたのだ、とお思いでしょう。ございます。気体になった物質をさらに熱すると、やがて、その分子的結合が解けて、原子がイオンと電子にわかれるそうであります。これをプラズマ状態といい、もはやこの状態では、たとえば水分子は残っていないのではありますが、まずこれを物質の第四態と呼ぶことがあります。これが火であります。もちろん、マッチの火はプラズマ状態を作っているわけではありませんが、この近代的な知識をもってしてようやく解釈できる「火」を、他の三者とならべて「世界の構成要素」に入れたことはこの設定の考案者の天才を感じずにはいられません。まさに、この世界は、固体と、液体と、気体と、プラズマでできているのでありますから。

 付け加えますに、同じようによく登場するモチーフに「ミスリル」という金属があります。これは、非常に軽く、丈夫な銀色の金属で、決して錆びず不滅で、その代わりめったには手に入らない、とされております。おわかりでしょう。このミスリルは、アルミニウムのことであります。アルミニウムという金属は、鉄よりも軽く、丈夫で、表面から酸化が進まないために錆びることがありません。また、その効率よい精製は中世の科学技術では不可能でありました。ミスリルは、アルミニウムであると考えることで、その性質のほとんどが説明できるのであります。

 このように、科学との対比、という話題に限りましても、ファンタジーにはこれだけのお話ができる余地があります。全く、よくできております。一見不合理な物事を書いているようで、実は科学知識、科学史といったものを踏まえて作られております。多数の模倣がなされたことも、むべなるかな、といったところでありましょう。ファンタジーにおいては、おそらくその最初から緻密に、こうした解釈が成り立つ余地を残した設定がなされており、それゆえこれほども広く受け入れられたのでないかと考えられます。それが、私共の現時点での学説となっておりますわけです。

 というところで、そろそろ決められた時間を使い切ったようであります。この講演は、これにて終わらせていただきます。ご静聴まことにありがとうございました。ご質問あればなんなりとどうぞ。あ、そうですか。それでは、これでおしまいとなります。次の講演者の方に演台を明け渡すことにいたしましょう。

 ああ、そうそう、大学の事務の方からことづけがございました。発掘されましたゲーム群に関するヒントなどの質問は、新都大学では受け付けておりません。どうか、ネット上のファンサイトなどをご参照ください。以上でございます。それでは、皆さま、ご機嫌よう。


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